第23回 秋の夜長に『天草100景』

前山 光則

 8月の下旬からあわただしい日々が続いたが、10月に入ってわりとヒマになってきた。気づけば異常な残暑は去り、暑くもなく寒くもなく、心地良く風が吹く。秋らしくなったなあと思う。
 昨日、朝から球磨川の河口へ行ってみた。よく晴れて、散歩日和だった。河口は、不知火海(八代海)に向かって右側に大鼠蔵(おおそぞう)山、左には『万葉集』に「聞くがごとまこと貴く奇しくも神さびをるかこれの水島」(長田王)と詠まれた水島があって、海の向こうには天草島が横たわる。心のなごむ景色である。
 折しも満潮、水がたっぷんたっぷんであった。海や島影やらを眺めながら、天草へ遊びに行きたいもんだ、と思った。

▲球磨川河口の左岸に浮かぶ、『万葉集』に詠われた
水島。潮が干くと、地続きになる。かつてここには
水が湧いていた。島の横に龍神様が祀られている。

 夜になって本棚から小林健浩・著『天草100景』(弦書房刊)を取り出した。天草全域をくまなく撮ったという写真集で、これを携えて島巡りもできるように適切な地理案内や関連情報も付されているので、楽しめる。丁寧に、美しく撮影されており、ページをめくりながらしみじみと天草は良いところだな、という思いが湧いた。写真の撮り方の丁寧さ、仕上がりの美しさには著者の真摯な郷土愛がにじみ出ているのではなかろうか。
 天草には若い頃から釣りや遊びなどで幾度も行っている。でも、この『天草100景』に出てくる高舞登山(たかぶとやま)、次郎丸獄、観音の滝、白獄(しらたけ)森林公園等は、今まで知らずに過ごしてきた。白獄森林公園にきれいな湿地がある、というのはそそられる。行ってみたい場所の1つとなった。横浦島のエビス様はいい顔をしてござるから拝みたいし、倉岳の石垣の里では自然石を積み上げた路地風景が美しいようである。ゆっくり散歩してみたいもんだ。他にも島子の大アコウ樹、西平椿公園、大作山の棚田も眺めてみたい。
 祭りでは、虫追い祭りや初午祭り。昔から伝承されて来た祭りは、やはり伝統に支えられた美しさがある。その一方で、天草市本渡で平成15年から始まったという「繭姫通りおんなの夜祭り」のあでやかさには目を見張った。かつて繭市場のあったあたりが「繭姫通り」と名付けられ、春の一夜、天草美女たちによるパレードや踊りが行われるのだそうだ。これはぜひ見物したいイベントである。
 天草は「殉教の島」というイメージが観光の目玉になりがちで、それはそれで正しい。しかし、写真集『天草100景』が映し出してくれている天草島はもっともっと広くて深い世界なのだ。秋の夜長を、そんなことを考えながら写真集のページをめくった。2度も3度も同じページに戻ったりした。いつもは10時前には眠くてたまらなくなり、寝床に転がり込むのだが、昨夜はなかなか眠気が来なかった。
2010年10月7日

『天草100景』(定価2200円)