第59回 7月18日の私は

前山 光則

 いやはや、なでしこジャパンは凄かった。
 7月18日(月曜)の午前4時前、寝苦しくて目が覚めたのだ。ん、もしかして、と閃いたので起き上がり、居間へ行ってテレビを点けてみたら、サッカー第6回女子ワールドカップ、なでしこジャパンとアメリカとの決勝戦が行われていた。後半に点を奪われ、やがて取り返して延長戦へもつれ込み、再び先に点を取られたがまた追いつくという、この粘りには本当に感心した。まさに死闘であった。決着つかずにPK戦となったが、なでしこには勢いがあった。PKを3人が決めて、残り1人を待たずに優勝が決定した。午前10時から再放送が流れて、これもまた観た。
 寝不足だったので午後はぐっすり昼寝をした。目が覚めてから、村田喜代子著『この世ランドの眺め』を本棚から取り出す。1度通読してたいへん面白かったから、その後も折りにふれて読み直しているのだ。アトランダムにページをめくって、「遠くへ行きたい」というエッセイを読む。この中に出てくる著者の祖父という人が面白い。表具師で、仕事よりもふすまや屏風に墨絵を描いて遊んで居る方が多かった。「気はやさしくて、痩せて、力もない」、だから一家の柱としては役に立たぬ人であったのだが、そのお祖父ちゃんがよく言っていたそうだ。
「きよちゃん。手ぬぐい一本と石けん箱があったら、日本中歩いて行けるよ」
 風呂屋まで行ってくるふうな格好で出かければ、日本中どこででも怪しまれる心配がない、というわけだ。著者はそんなお祖父ちゃんに育てられたためか、「私も胸の内に見知らぬ山河への憧れを抱えている」と記す。

  結婚したての頃、生命保険に入ろうとする夫に、「あなたが死んだら、乞食になって日本各地を放浪するから、いらないわ」と言ったら、えらく叱られた。女房を乞食にするなら、こんな苦労はしないと言う。それで私の日本放浪記もしぼんでしまった。
 
 現実には放浪の夢はしぼんだろうが、著者の文学世界の中に生き続けている。放浪は男性の専売特許などと思ってはいけないわけで、その精神はこのように女性作家の内に根強く養われている。お祖父ちゃん譲りの風呂屋まで行ってくるふうな姿勢、自在な想像力と表現力とを持つから、この人の書く物はとても生き生きしているのである。
 その日はそれからも『この世ランドの眺め』をパラパラめくったり、テレビでなでしこジャパン関係の報道を観たりして過ごした。今の日本は女の人たちが実に活気に溢れているなあ、と思う。文学の世界には村田氏のように活(い)きの良い女性作家がいるし、スポーツ界では男どもがモタモタしているうちになでしこジャパンが世界を制したしなあ。わたしの7月18日は、女性賛美デーであった。

写真・PK戦

▲PK戦。もうこの時は、なでしこジャパンの選手たちは勝利へ向かって自信満々、余裕を持ってボールを蹴っていたように見えた