第131回 入浴シーンへ一言

前山 光則

 前回のコラムを読んだ人から、「あなたは出好きだね」と言われた。はい、その通り。もっとあちこちへ行きたいのだが、残念ながら暇があっても懐が寂しくてままならぬ。
 その代わり、暇なときテレビの旅番組を観たり、色んな人の書いた紀行文を読みふけったりする。乳井昌史・著『南へと、あくがれる《名作と行く山河》』(弦書房)は、なにかにつけて開いてみたくなる味わい深い紀行集だ。それと、漫画家つげ義春の『貧乏旅行記』『つげ義春の温泉』も好きな本で、その中に出てくる群馬県みなかみ町の湯宿(ゆじゅく)温泉には、5年前、泊まってみたことがある。その時は若山牧水の足跡を辿る取材旅行だったが、湯宿のことが『つげ義春の温泉』の中に詳しく書かれていて惹かれたし、名作「ゲンセンカン主人」の舞台となっているので途中で訪れてみたくなったわけである。こじんまりした、良い温泉町だった。
 そう言えば、テレビの旅番組を観る時でも、温泉地だと一層熱心になる。かつて旅した温泉地だと懐かしいし、未知のところならば興味津々見入って、自分は温泉好きなのだな、とつくづく思う。ただ、いつも旅のレポーターたちが腰にバスタオルを巻いたまま、下半身を洗わずにいきなり湯に入る。あれはいけない。事前に体をきれいにしておいた上で撮影に入るのだろうが、テレビ画面では不潔な入浴法としか映らないではないか。そのような場面ではいつもわたしがブツブツ不満を呟くものだから、家の者からは「でも、肝心なとこが見えたら、まずいでしょう?」とたしなめられる。特に女の人だと、下の方だけでなく乳房もあらわでは都合が悪い、と言うのだ。「いや、それはそうかもしれないが……」、毎度このパターンのやりとりを繰り返す。
 時々、肝心な箇所にボカシを入れてある場合があって、このやりかたの方が絶対に納得できる。最近それをうまくやっていたのがNHK BSプレミアムの「にっぽん縦断こころ旅」で、これは俳優の火野正平がスタッフと一緒に自転車で全国各地を旅してまわる番組である。高所恐怖症なのに必死で見晴らしの良い橋を渡ったり、逆に高いところから坂を下って行く時に「人生下り坂サイコー」と歓喜の声を上げる。各地でかわゆい女の子に親しく声をかけたりして、プレーボーイは今も健在である。その番組で、別府で温泉に入る際に火野も土地の人たちもバスタオルなんぞ巻いていなかった。ごく普通に入浴し、肝心な部分はボカシがかかっており、そうそう、これで良いと観ていたら、それで終わりではなかった。そのうち自転車のイラストが入ったマークが現れ、おちんちんの部分を丸く隠した。これは、実に笑えた。「にっぽん縦断こころ旅」の担当者たちはなかなかセンスがあるゾ、と、その日は大いに気をよくしたことであった。
 この番組はまだまだ続くそうで、楽しみだ。

▲紅梅。前々回まだ蕾ばかりだった紅梅、今はもうだいぶん花開いてきた。なぜだか白梅よりも紅梅の方が早く咲く。春ももう近いなあ

▲臘梅。近所の道端で見かけた。これはもうだいぶ前から咲き始めたと思う。俳句歳時記では紅梅は春の季語だが、この臘梅は冬の部に入れられている。上品な香りのする花だ