第168回 ぶらり下町

前山 光則

 10月23日は、午後、山手線の日暮里駅で下りて南口へ出てみた。目の前がいきなり階段で、上ってみたら広い墓地である。ははあ、ここが、有名な政治家や文学者や役者等が眠る谷中墓地なのか。でも線香の匂いは苦手だから避けて、右の方へ歩く。すると、幸いなことに下町の風情が待ってくれていた。
 路地の奥に煎餅屋があったので、おやつに一袋買ってみる。さらに行くと、坂の上に出た。坂の下に店が建て込んでいるのを見て、ピンときた。今自分がいるところは「夕焼けだんだん」と呼ばれ、名の通り夕景色が愉しめる場所で、下の方の商店街は「谷中銀座」なのである。坂を下りて、各商店をひやかしてみる。ブティック・靴屋・ペットショップ・蕎麦屋・カフェ・福にゃん焼きの「招き屋」・鮮魚店・江戸民芸店・豆腐屋等々、全部で確か64店舗あったと思う。道路が狭いのは実に良い。道の真ん中を歩いていても、左右の店舗の様子が気楽に見渡せるからである。 
 谷中銀座を歩ききってしまうと目の前を横切る道が現れて、そこは「よみせ通り」と呼ばれ、やはり昔からの商店街だそうである。二人連れのおばちゃんが「延命地蔵は、どこ?」と呟きながらうろつくので、一緒に歩いて訊ねあててやり、ついでに五円玉を賽銭箱に投げこんでお参りした。これで寿命が延びたつもりになってゆっくりと根岸の方向へ行っていたら、お菓子屋さんがあった。そこにはたいへん小さな大福餅が売ってあって、ピンポン球の半分ぐらいのものが10個袋詰で105円だ。わが娘への土産に1袋買った。
 やがて、道路の左に「指人形笑吉」と書かれた幟(のぼり)が見えたから入ってみた。路地の奥の方にある工房風の家、そこの玄関を入ると指人形がズラリ並んでいる。しかも、奥では10人ほどの客を前にして人形劇が行われているではないか。出し物が11番まであった。歌に合わせて人形が踊ったり、「よっぱらい」「ピアニスト」などという題のコントがあり、締めの11番は、題して「五十年後の『冬のソナタ』」。若い頃愛し合った者同士が老いぼれて出会うとどうなるか、という趣向で、この韓流ドラマのパロディはなかなか笑わせる。これでお代は500円である。結局そこだけで1時間近く過ごした。指人形を造って演じる人は露木光明(つゆき・みつあき)氏というが、後で調べてみたらその道では結構知られた人形師なのだそうだ。
 このあたり根津神社の裏には夏目漱石が住んでいたそうだし、もうちょっと先の不忍池近くには森鴎外のいた「観潮楼」がある由。その他、文学散歩をしようと思えば切りもないくらい材料の多い一帯だろう。でも、それはまた別の機会にしようと思った。根津神社の門前では金太郎飴の製造販売をする小さな店を見つけ、長い棒状の飴を2本買い求めた。ああ、金太郎飴なんて久しぶりだったなあ。

▲谷中銀座。道幅はせいぜい5メートル程度ではなかろうか。歩きながらちょっと首を動かすだけで左右の店が覗けて、愉しい。むろん、気が向けば店へ入って行く

▲延命地蔵。この2人のおばちゃんと一緒に地蔵様を探した。2人とも初めてよみせ通りに来てみたのだそうだ

▲指人形で作画中。出し物が演じられている間は撮影禁止。これは、それが終わって、希望者の似顔絵を描いてやっているところ。人形師の露木氏は簀の子の奥に身を潜めている。そして、人形をあやつるのである

▲金太郎飴の店。古風なガラス貼りの箱に、金太郎飴の棒状のもの・小切りにしたものが売られている。狭い店の奥の方で作るのだという。下町ならではの店だ