第219回 ウミガメの墓へ

前山 光則

 前々回、長野浩典著『生類供養と日本人』(弦書房)について感想を述べたが、先日、幸いなことにあの本の冒頭に紹介されているウミガメの墓を直かに見ることができた。
 3月13、14日、家の者の用事につきあって大分市に行ったのである。ただ、道中、遊びすぎた。大分県竹田市で街を散策し、落ち着いた町並みや史跡に感じ入って時を費やした。長湯温泉へも立ち寄り、源泉をペットボトルに汲んだり川の中の露天風呂「ガニ湯」を見物したりして愉しんだ。そんなわけで大分駅前に着いた時には午後5時前になっており、ウミガメの墓を探すのはいったん諦めた。
 ところが家の者の抱えていた用事が遅くまでかかりそうで、そうなると今回のわたしは付き添い役で行ったのだから気楽だ。地図を見たら、墓があるという大分市浜町(正式には住吉町)恵比須神社までは徒歩で20分余で行けそうであった。そんならば、と気持ちが動いた。土地の人は「浜町に、恵比須神社?」「聞いたことないわ」「だいぶん距離がありますよ。大丈夫?」と首をかしげる。だが、ある五十代の女性は「あのあたりは、確か瓜生島があったらしいと言われているはずよ」とおっしゃる。おお、そうなのだ。慶長の大地震で沈んでしまったという、幻の瓜生島。『生類供養と日本人』にも「その瓜生島にあった恵比須神社を、この地に再建したのだという」と書いてある。行ってみよう!
 海へ向かって進み、途中、何人かの人に道を訊ねる。誰も恵比須神社のことを知らない。しかし、産業道路という大きな道を左へ折れたら反応が出て来た。犬を連れたお爺ちゃんが「ああ、その先から右へ入ってごらん」と答えてくれて、更に行ったところでは買い物籠をぶら下げたお婆ちゃんが「はい、あそこです」、指差してくれた。着いたのだ。こじんまりした神社であるが、境内は掃き清められている。入って左手に手水鉢があって、鮮やかな彩色の大きなタイが居る。こんな手水鉢、見たことない! すっかり嬉しくなって手を洗う。そして神社に参拝し、さてウミガメさんのお墓はどこか。境内をグルグルと探し回ったが、それらしいものが目に入らない。誰かに聞きたいものの、あいにくまわりに人影がまったくない。で、もう一度神殿の裏手に回ってみて、ようやく一基の墓石に気づくことができた。人の背丈ほどの高さで、「萬壽瑞亀之墓」と刻まれていて、これに間違いない。しかしなあ、お寺ならばとまどいはせぬが、神社にお墓である。それも、ウミガメの墓。どういういきさつがあって建てられているのだろう。でも、ともかく手を合わせる。
 あたりが薄暗くなってきていた。神社から出て、潮の香りのする方へ出てみたら、そこはもう海だった。満潮で、足元まで波が寄せていて、岸には船が幾艘も繋がれており、漁港なのだろう。我ながらウキウキしていた。
 
 
 
写真①長湯温泉ガニ湯

▲長湯温泉ガニ湯。大分県竹田市直入(なおいり)の長湯温泉。「ガニ」は蟹のこと。川の中にある露天風呂で、24時間いつでも入れる。若い頃、入ったことがあるが、満天の星を眺めながらの長風呂は楽しかったなあ

写真②恵比須神社

▲恵比須神社。大分市住吉町(通称、浜町)。向かって右手に行くとすぐ海である。左手が大分駅方面。鳥居の左手にタイの手水鉢、ウミガメの墓は社殿左手の奥隅にある

写真③ウミガメの墓

▲ウミガメの墓 高さ1・6メートル、昭和6年建立の墓だという。墓の右に大きなポリバケツがあるのはご愛敬であるなあ

写真④タイの手水鉢

▲タイの手水鉢 大分駅前から歩いて20数分、これを見たら疲れも吹っ飛んでしまった。今にもバタバタと動き出しそうな活きの良さである