第236回 不知火海のほとりで

前山 光則

 10月3日(土曜)、水俣へ用があって出かけたのだが、途中、芦北町あたりから国道3号線を外れて海辺の細道を辿ってみた。
 八代から水俣へかけては海岸線が入り組んでいて、たいへん変化に富んだ景色が味わえるのである。幸いなことに天気晴朗、目の前の不知火海は鏡のように静かに凪いで、向こうの方には天草島や御所浦島が横たわっている。まるで絵に描いたようだというか、いや絵なんかよりはるかにスケール大きく美しい景色であった。津奈木町の平国(ひらくに)という集落にさしかかったとき、海辺の高台から歓声が聞こえてきた。小学校で運動会が行われているのだった。それで、立ち寄ってみたところ、小学校と校区民とが合同しての大運動会であった。運動会の模様を撮影していたT氏によれば、この小学校は百年を超える歴史を持つが、現在、生徒数が全部で20数名しかいない。今年度限りで閉校となるから、生徒たちは来春から津奈木町の町なかにある小学校の方へバスで通うのだそうである。「それじゃあ、子どもたちは慣れないところへ行かねばならんから、大変ですね」と同情したのだが、T氏は深く頷きつつも「うん、いや、わたしの孫は3人いますが、小さい頃に町なかの保育園にお世話になったんで、あっちの生徒たちにも顔なじみがおりますから」、町の小学校へ転入して行ってもそう困らないだろう、とのことであった。それでも、集落から町までバスで30分近くはかかる。幼い子たちにとっては難儀であろう。
 T氏と喋っているうちに入退場門の方がガヤガヤしはじめた。お昼御飯前に校区の大人たちによる仮装行列が行われるのである。T氏の後を追っかけてそっちへ行ってみた。浦島太郎や乙姫様、金太郎などお伽話のキャラクターがいるかと思うとオオカミ男とか単なる女装姿とか、大人たちがくふうを凝らして扮装している。かわいいピンクのスカートの下からモジャモジャのすね毛が見えているのなどは傑作であった。行列の始まる前から子どもたちが集まってキャッキャッ言ってはしゃぎ回っている。彼らは自分の親や近所のおじさん・おばさんたちが普段と全く違う格好をしているのが嬉しくってたまらないらしいのである。T氏が言うように、来年から町の小学校へ通うことになっても、さして心配は要らないのかもしれないな、と思った。
 平国の集落を出てまたひとっ走りすると、赤崎小学校跡が見えてきた。ここは昭和51年、ちょうど創立百周年の節目の年に改築が行われ、海の中へ突き出た校舎が出来上がって話題を呼んだ。しかし、5年前に閉校となった。車を下りて校門を入ってみると、無論、ガランとして誰もいない。校舎の真下に海があるのだが、実に静かに凪いでいるものだから波音すら聴こえない。ああ、田舎って、こうしてますます寂しくなっていくのかなあ。
 
 
 
写真①津奈木町立平国小学校

▲津奈木町立平国小学校。海辺の道から少し坂を上がったところにある。立派な建物である

 
 
写真②大運動会

▲大運動会。校舎から、学校の運動場を見渡すことができる。今、むかで競争が行われているところである

 
 
写真③観客席

▲観客席。生徒数は少ないが、観客は多かった。校区民がこぞって来てくれているのだろう。ちなみにT氏は水俣市内に住むが、孫のために見に来たのだという

 
 
写真④仮装行列の出番を待つ

▲仮装行列の出番を待つ。大人たちは、仮装したもののやや恥ずかしそう。子どもたちは嬉しそうである

 
 
写真⑤津奈木町立赤崎小学校跡

▲赤崎小学校跡。校舎は、海の上に浮かんでいるかのように見える。教室の窓から釣りができたのではなかろうか?