前山 光則
この頃、荒木精之編『肥後の民話』を時折り開いて、読んでみている。月に2度ずつ出演してお喋りをしているFMやつしろの番組の中で、この本から順次1編ずつ紹介することにしたからである。民話は、むずかしいことを考えずに愉しめるので良いな、と思う。
ところが、である。阿蘇地方の民話「鬼八の首」を読んでいて意味不明の語に出くわした。これは阿蘇を開発した神とされるタケイワタツノミコトとその従者・鬼八(きはち)との確執をユーモラスに語ってあるのだが、
「ミコトは弓を射るのが何よりのたのしみでした。あるときは古城の手野の高台から西の方にある尾が石の的石(まといし)にむかって射られました。その弓はもともと強弓であります。往生岳を別名でドベン岳といいますが、それはミコトがその上に坐って、ドベンをすえて射られたからその名がついたといわれています。その往生岳には幾すじかのヒダがありますが、それはミコトの尿の流れたあとだといいつたえられています」
この中の「ドベン」が何のことなのか分からない。色んな辞典をひもといてみても、見つからない。熊本県の民話・伝説を集めた別の本に当たってみたら、「ドンベン岳」と記されていた。さては「ドベン岳」または「ドンベン岳」というのは方言だろうと勘づいて、方言辞典を見たものの、やはり出てこない。
出演当日の朝になって、焦った。どうにかならないだろうか。そして、ようやく考えついたのが「そうだ、阿蘇の現地の人に訊ねてみよう!」、最も手っ取り早いこの方法であった。で、現地の観光協会に電話で問い合わせたのである。ところが、反応は「?」であった。今度は阿蘇市役所に問い合わせてみた。そうしたらとても丁寧に観光課や教育委員会が対応してくださり、「調べてみる」とのこと。電話を切って待つこと約1時間、ようやく連絡が入り、古い文献を調べたり老人たちに聞いたりしてみた結果、「ドベンまたはドンベンというのは男のふぐら、睾丸てげなです」とのことであった。阿蘇の古い昔の方言なのだそうだ。エッ、だったらタケイワタツノミコトは睾丸を丸出しにして往生岳の上に坐り、弓を射られていたわけか、道理で幾筋かのヒダはミコトの尿が流れ出た跡ということになるのか、えらくまた野性的な神さまだなあ……ようやく納得が行ったのであった。
それにしても、「ドベン」または「ドンベン」は現在の阿蘇の人たちにとってまったくなじみのない語なのである。つまり「死語」だ。「いやあ、知らなかったですねえ」と係の人はぼやいていた。かつて現地では説明などまったく要らぬ日常語だったのだが、時の移り変わりの中でいつの間にか忘れ去られてしまっていたわけである。言葉は「言霊(ことだま)」、しかし死んでゆくものでもあるのだなあ、と改めて感じ入ったのであった。