第295回 温泉場にて

前山 光則

 4月21日、杖立温泉に一人で泊まった。谷あいの、昔からある温泉場。湯治場の気どらぬ雰囲気が今も濃厚で、好感が持てるのである。だから、以前から一度ゆっくりここで過ごしてみたいもんだと思っていた。
 熊本市方面から阿蘇ミルクロードへ入り、原野の中の道を辿って小国町へ入る。北里柴三郎記念館を見学した後、午後3時には杖立温泉へ着いた。宿屋に荷物を置いて、さっそく宿の裏の杖立川へ散歩に出てみると、ちょうど天気も良くて、風がさわやかだ。そして川を跨いでたくさんの鯉のぼりが泳いでいるのだった。これは昭和50年代の中頃から始まったのだそうで、初めは使い古しの鯉のぼり40本か50本ほどを方々から集めて飾ってみた。それが年々盛んになり、今では3500本ほどの数だという。地元のお爺ちゃんによれば、「なーに、そぎゃな多くはなか。せいぜい2000本程度たい」とのことだが、いやいやそれでも大変な数ではないか。
 杖立温泉にはこの杖立川を挟んで大小18軒の宿屋があって、1軒だけが熊本県と大分県との県境にまたがり、あとは熊本県小国町の側に密集している。旅館が杖立川沿いに林立する様は風情があるが、その上4月1日から5月6日まではこうしてたくさんの鯉のぼりが泳ぐのだから実になんとも壮観である。
 わたしははじめ右岸から見物し、やがて橋を渡って左岸の方へ行ってみた。すると、建物の密集度は大変なもので、坂が急勾配で、道がとても狭い。車など入れず、しかも入り組んでいて迷路である。川沿いの谷の斜面に、よくもまあこんなに建て込んだものだ。こうした狭い迷路のことは地元で「せどや」と称ばれるそうだが、歩いてみて実に愉しかった。旅館の他に居酒屋、土産品店、民家、共同湯、等々。「桃太郎」という名の居酒屋があって、この店名だけでもそそられる。さらに入り込んでいくうち、自分がどこらあたりにいるのか分からなくなったほどだ。肩をすぼめてみても通れないのではないか、と危ぶまれる隘路もあった。キョロキョロと進んで行くうちに、目の前に薬師堂や生目八幡が現れる。堂宇の中もまわりもきれいに掃除されていて、これは住民から大切にされている証拠だ。いずれにも賽銭箱に小銭を放り込み、拝んだ。
 再び川っぷちへ戻って、たたずむ。瀨の音がとても心地良くて、今夜はゆっくり寝られるゾ。かつて俳人の原石鼎(はら・せきてい)が杖立へ来て、「良き河鹿いよいよ痩せて高音かな」と詠んだそうだが、確かに夏になればこの瀬音に河鹿たちの鳴き声も混じるのだろう。その頃また来てみたいものだと思った。 
 いうまでもなく、温泉には夕飯前、就寝前、さらに翌朝起きてからも入った。食事もおいしかった。旅館の人たちは親切で、帰るときには表へ出て、いつまでも手を振ってくれた。杖立温泉、すっかりファンになったなあ。
 
 
 
①鯉のぼり

▲鯉のぼり。ちょうど風が吹いていて、鯉のぼりの泳ぎが見られた。奥の方が下流。右奥に見える宿屋が熊本県と大分県とにまたがって建っている

 
 
②蒸し湯

▲蒸し湯。温泉場の中に何カ所もあった。野菜や肉や魚を持ってきて、この中で蒸すのである。とてもおいしい。蒸し卵を食ってみたが、燻製みたいな趣きだった

 
 
③せどや

▲せどや。まだここらは入り口。車が入れるような道ではないので、気ままにゆっくり散策ができる

 
 
④薬師堂

▲薬師堂。画面の奥、赤く見えているのが薬師堂である

 
 
⑤狭いせまいせどや

▲狭いせまいせどや。あまりに家と家とが接近しているので、通るのがためらわれた。でも、今思えば果たして通行できるのかどうか試してみれば良かったなあ、と悔やまれる