前山 光則
5月下旬から6月8日まで、家の者と一緒に北海道と東京方面とを巡ってきた。
九州はやや暑い季節に入っていたのに、北海道はまだ蝦夷桜が咲き始めたばかりで、夜は寒かった。空気が澄んで湿り気がなく、イングランドやスコットランドを彷彿とさせるなあ、と思う。そして、北海道の広さに圧倒された。5月22日に新千歳空港に下り立った後、JR各駅停車や特急を乗り継いで帯広へ向かう。距離にして約180キロ、2時間半近くかかった。5月27日に特急列車に乗って網走から旭川経由で札幌へと出た時などは、行程374キロ、5時間20分を要した。釧路から知床や網走の方へはレンタカーを使ったが、市街地を出ると信号機などない。広々とした道路が続いていて実に快適、ただ、誰もが飛ばすので60キロで走っていても後ろから追い抜かれてしまう。北海道の道路はどこもハイウエイ並み、と言ってよいだろう。
それで、食べ物がうまい。海産物が新鮮で豊富なのは言うまでもないことだろうが、ラーメンや蕎麦などの麺類がまた良かった。
5月23日、釧路市でのことだが、夕方、近所に小さいながらも蕎麦屋がある、と宿の人が教えてくれた。それで家の者と一緒に探してみたところ、釧路駅近く黒金町にあって、小綺麗な佇まいだ。暖簾をかき分けて入ってみると、お婆ちゃんが一人いた。他に客がいなくて少々不安になったが、壁に貼られたメニュー表を見たら色んなものが記されているので、指差しながら「で、何がお奨めですか」と訊ねた。すると、お婆ちゃんは余裕の表情で「なんでもおいしいですよ」、こう答えるではないか。いや、ひょっとして大変失礼な質問をしてしまったのではなかろうか。お婆ちゃんは奥の調理場へ入って麺をゆがき始める。家の者は背を伸ばしてその様子を覗き見していたが、「ここ、ひょっとして、おいしいかも」と囁いた。なぜかといえば、お婆ちゃんがザッザザッザと操る笊がとても年季の入った色をしていて、圧倒されたというのである。ナールホド。果たして、暫くして出てきた天かしわ蕎麦は麺もつゆも上等な味わいだ。エビ天もかしわ(鶏)もうまい。ついつい欲張って掛け蕎麦も追加注文した。聞けば、お婆ちゃんは出し汁を作る際に昆布は使わない。「うどんには昆布が要るが、蕎麦は昆布と合わない」、だからカツオ・ミリン・醤油で作るのだそうだ。しかもお婆ちゃんは、1年前に、長年連れ添ってきた御主人に先立たれてしまった。それでもこうして一人で店を続けている、と語ってくれた。釧路の街のことも色々と教えてくれた。
翌日も同じ時間帯に食べに行った。やっぱりおいしかった。しかも、お婆ちゃんはあとでサービスに蕗の煮付けを出してくれた。ただ、前日と違って次から次に客が入ってきたためにゆっくりお婆ちゃんの話が聞けなくなってしまったが、ま、構わない。お店が釧路市民に愛されているのが分かったのだから!