前山光則
春とはいえ、まだ寒い。といっても、例年に比べてさほど寒気が厳しいわけではないし、すでにあちこちで菜の花や梅の花が目立つ。本格的な春は確実に近づいて来ている。
今回は、しみったれた話を書いてみる。
マスクというものをしかたなく常用するようになってから、もうどのくらい経つであろう。新型コロナウイルスが中国の武漢で現れたのが、令和元年(2019)の12月頃であったか。それがやがて豪華クルーズ船ダイアモンド・プリンセス号での集団感染が起こったりするうちに日本にも到来し、広がり、マスクを常に嵌めねばならぬ日々となってしまったのである。わたし自身、家に一人で居るときにはマスクせずに過ごすが、外へ出たら必ず使うことにしている。わたしの住む八代市には日奈久温泉があるので、家の風呂に一人で入るよりも便利だから、毎日のように温泉センターに浸かりに行っている。そこでも、入館して着替え場で衣服を脱ぎ終えるまではマスクを外さない。浴場へ入る時になってマスクなしの姿になる。そして、湯から上がって着替え場へと戻ったら、まずマスクをしてから衣服を身につける。
こんなふうな日々を過ごすことなど、わが74年の人生でまったく初めてである。いったい、マスクなどというのは寒い時期に風邪でも引いたならば必要なものであり、だから俳句でも単に「マスク」という場合は冬の季語だ。夏場にこの語を使う場合は、「夏マスク」。秋ならば、「秋マスク」である。ただ、わたしなどはズボラで、冬場にゼーゼーコンコンと咳し、発熱した時にさえ、面倒だからマスクに頼ったことはほとんどなかった。ああ、それなのに、今は……。
とにかく、ひたすらマスクして、手をよく洗い、うがいもする。だから、幸いなことにまだ感染せずに済んでいる。ついでに言えば、新型コロナウイルスが到来してマスク常用の日々が始まって以来、インフルエンザのことなどちっとも話題にならない。忘れられているわけでなく、どうも、流行ってはいないのである。だから、やはりマスクを用いて過ごすのは、感染症対策として効果的なことではあるわけだ。それに、街なかや人の集まるところへ出る時などあまり顔を見られたくなかったりするが、マスクしていればだいぶん気分的に楽である。
ただ、困ることが二つある。
たとえば、毎月、読書会の講師を二カ所で務めており、そこで講釈する時もマスクをしたままである。第二・第四水曜日にFMやつしろの昼の番組で2時間近くお喋りする際にも、スタジオの中でアナウンサーもわたしもマスク嵌めて、マイクの前に座っている。その際に、マスクを通して喋るとどうしても声の通りが悪くなる。声が、くぐもってしまう。読書会では、図書館や会館の会議室が会場で、わりと広い。喋りながら、自分の声がはたしてどの程度しっかり伝わっているか、だいぶん聞きづらくなってしまっているのではないか、と、気になってしかたがない。ラジオでもそうであり、聴いてくれている人たちに自分のお喋りがちゃんと届いているだろうか。はっきりしない語りになってしまっているのではなかろうか。
そして、あと一つ、眼鏡が曇る、ということ。視界がボンヤリあやふやになってしまうことがしょっちゅうなのである。喋る時に口の中から吐き出された息が、どうしてもマスクの中で広がり、上へと溢れ出て、眼鏡のレンズを曇らせてしまうのだ。ハンカチで磨いてみても、すぐにまたボーッとなる。で、また拭く。でもまた曇る、ということの繰り返しで、きわめて落ち着かない。裸眼ではあり得ないことなので、これは眼鏡を使わない人には決して分かってもらえない、大変もどかしい悩みである。
読書会でそんな悩みを打ち明けたところ、出席者の一人から、
「マスクをもう少し上の方まで被せたらだいぶん違うですよ」
と助言をいただいた。早速そうしてみたのだが、うん、だいぶん違ってきた。でも、スッキリと曇らなくなるわけではない。そして、喋っているうちにマスクがずり落ちて、いつのまにかまた眼鏡の曇りがひどくなっている。なんとかならぬものだろうか、と、いつも悶えているのである。
ある時、ふと思い出したのがヨモギ(蓬)のことであった。
少年の頃、川で魚捕りする際に水中メガネ(ゴーグル)を嵌めて潜るのだが、すぐにガラスが曇ってしまう。唾をつけて磨いてみても、直きにまたよく見えなくなる。そんな時にわたしたちがいつもやっていたのは、河原に生えているヨモギを毟って、石の上で擦り、その汁を水中メガネのガラスの表面に塗る。そうすると、長い時間曇らぬようになるのであった。
こうした工夫は自分たち球磨川流域の子どもだけがやっていたに過ぎず、よその地方ではもっと気の利いたことをしているのだろう、ぐらいにしか思っていなかった。ところが、3年ほど前であったが、東靖普(あずま・やすゆき)氏の好著『最後の漂海民〈西海の家船と海女〉』(弦書房)に登場する漁師さんとたまたま長崎県の西彼杵半島でお会いして、潜水漁の話を伺うことができた時、やはりヨモギの話が出たのでビックリしたことがあった。漁師さんは、海へ潜る際に、曇り止めとして必ずヨモギを擂り潰し、ゴーグルに塗ってから水に入るのだそうである。だから、ヨモギは必需品なのだという。してみれば、わたしたちが幼少年時にやっていたことは、実は結構広い範囲で行われていた方法であったのだ。しかも単にオトナがやっているというのでなく、専門の漁師さんがいつもヨモギを必要としているのだなあ、と、とても嬉しかったことを覚えている。
それで、つい何日か前、行きつけの理髪店に立ち寄ったら、やはりメガネの曇りの話が出た。理髪店の老主人は、わたしの頭を刈ってくれていたが、
「ちょいとゴメンなさい」
とバリカンを脇に置いて、メガネを拭き始めたのである。無論、老主人殿はちゃんとマスクを嵌めていらっしゃる。
「メガネが、曇って、なあ……」
とおっしゃる。アッ、やっぱりだ。そこで、お互い、
「マスクしとると、メガネがすぐ曇るですもんねえ」
「うん、磨いても、またすぐボーッとしてくるですたい」
しみじみと愚痴のこぼし合いになった。それで、わたしが、
「いや、実は、どこか川の土手にでもヨモギが生えておれば、採って来たかですたい」
と言ったら、途端に老主人の声が弾んだ。「おろ、お客さん、あなたもそぎゃん思うですか」
目を輝かせて、
「海に潜る時にゃ、ヨモギの汁を水中メガネに塗りよったですもんなあ」
老主人はおっしゃる。
「おろろ、おやじさんたちも、子どもの頃、そうでしたか」
「そぎゃんですよね。ヨモギは、しっかり曇りをとってくれるですもんね」
聞けば、老主人は今でこそ八代の町なかに住んで理容業を営むが、もともとは不知火海の向こう側、天草上島の御出身だそうだ。少年の頃から海に潜って魚捕りするのが楽しみだった、という。
「そぎゃんですか。天草でも、ヨモギが使われてましたか」
西彼杵半島といい、天草といい、嬉しい話ではないか。メガネの曇りを防ぐ特効薬としてヨモギが話題になり、大いに元気づけられたのであった。
もっとも、だからとてメガネの曇り問題が解消されたわけではなかった。
いったい、ヨモギがどこにあるか。今の季節、どこに行ってもまだ青々したヨモギなんか見られないのである。これが沖縄であれば、あちらでは真冬であっても道端にちゃんと見かけることができる。山羊鍋などする際に、ネギ代わりにヨモギが用いられる程であるが、だが沖縄までわざわざ出かけるわけにもゆかぬのである。虚しいことであった。
そして、である。悩みは、呆気なく解消された。
行きつけの喫茶店で、カウンターに座ってコーヒーを啜りながらメガネの曇りのことを愚痴っていたら、店のお姉さんが、
「曇り止めのクリームが、ありますよ。試しにわたしのを塗ってみらんですか」
親切にもチューブ入りのものを出してくれた。それで、少量を分けてもらってメガネを磨いてみた。そしたら、おお、おお、曇りはしないのであった。メガネは、その日、少なくとも4、5時間ははっきりした状態であった。いやあ、喫茶店の親切なお姉さんに、心から感謝! といっても、曇り止めはいつも携帯していなくてはならぬわけで、それもまた面倒だなあ。
ともあれ、マスク常用の日々はまだまだ続く……。