第36回 ヤッホー、青海苔!

前山 光則

 数日前の昼過ぎ、玄関の戸を叩く人がある。女房が戸を開けたら、ベテラン漁師のTさんが「届けに来たバイ」、段ボール箱を差し出してくれたのだった。中から取り出すと、ほんわかとした実に良い香り。ヤッホー、天然天日干しの青海苔、前から頼んでいたのだが、ようやく手に入ったゾ! 
 わが家の近くを流れる球磨川では、初冬の頃から早春にかけて青海苔が採れる。真水と塩水の混じり合う汽水域でないと生育しないので、河口から約4、5キロの範囲である。それも球磨川は不知火海に注ぐ直前に本流・前川・南川の3つに分かれるが、青海苔が採れるのは本流だけだ。「前川と南川は水が良くないから」と漁師さんたちは言う。
 潮が干ききった頃を見計らって舟を出し、長い引っ掻き棒で川底の青海苔を掻き採るのである。それを持って帰って何回も水洗いした後、川べりに張られたロープに干す。この時がまた、丁寧に薄く伸ばしてロープにかけなければうまく干し上がらないのである。
 それも良く晴れた日でないとダメなわけで、干せる日はかなり限られてくる。しかも今度の冬はヤキモキした。いつもなら青海苔採りは12月の中旬頃に始まるのだが、年末になっても気配が見えなかった。養殖の青海苔の方は早くから出回った。河口に海苔網を浮かべて、その網で生育させるのだ。だが、天日でなく家の中で機械を使って乾燥させるから、味も香りもガクンと落ちる。やっぱり天然ものの天日干しでなくっちゃと待ちこがれたのだが、とうとう年を越してしまった。
 そして、1月も中旬になってようやく青海苔を目にすることができたのだった。漁師さんたちに「なんで天然の海苔の生育が悪かったんでしょうね」と聞くと、「今度の冬は温かったもんなあ」と答える人もあれば、「秋に台風が来んだったろが。そっで洪水がなくて、川の底が洗われずきれいにならんじゃったのが原因バイ」と説明する人もいる。養殖ものは水面の海苔網に付いて育つ、一方で天然の青海苔は川底の石に根づくのである。だから川の底が「洗われずきれいにならんじゃった」から生育が遅れた、というのはなんとなく説得力があるような気がする。
 昨日の昼、家で本を読んでいたが落ち着かぬので散歩に出たら、運良く球磨川本流の土手で青海苔採りを見物することができた。舟の上で、1人が舵(かじ)をとり、1人が引っ掻き棒で川底を掻く。男衆の仕事である。土手では女衆がロープに干す作業をしていた。「朝の内は海苔から落ちるしずくが凍っとりました」とおっしゃる。手が悴(かじか)んで、さぞかし大変だったろう。
 からりと晴れていたが、風はひどく冷たかったのだ。でも春の匂いが含まれていたような気がする。いや、確かにそうだった。

▲青海苔採り。晴れた空の下、ゆっくりと青海苔を採る漁師さん。天気は良いが、風は冷たい

▲青海苔干し。川の土手にズラッと青海苔が干され、天気が良いから干し上がるまでさほど時間はかからない