第68回 曼珠沙華を眺めながら

前山 光則

 今日、曼珠沙華を写真に撮ってみようと思って外へ出たら、きれいに咲いているのもあれば萎れ加減のも目立つ。お彼岸も過ぎて9月も終わりに近いのだよなあ、と自覚した。今月は慌ただしかったのだ。9月上旬に旅から帰ると、このコラム第64回で話題にした「九月は日奈久で山頭火」が始まっていた。山頭火の泊まった木賃宿「織屋」が一般公開されているのでなるべく顔を出して説明役を務めたり、シンポジウムの準備をしたり、山頭火ウオークの裏方仕事も手伝った。
 9月23日(金曜)の山頭火シンポジウムは観客が100人をはるかに越え、会場の金波楼大広間は人で埋まってしまった。講演では、作家の澤宮優氏が著書『昭和の仕事』(弦書房)や『放浪と土と文学と』(現代書館)に重要な役割で登場する放浪の詩人・高木護について詳しく語ってくれた。放浪にもいろんなタイプがあり、生き方の共通性と相違とがある。高木護は自身の放浪を「ぶらぶら歩き」といっているが、時代の流れや現実に押しやられるようにしてやむなく社会の隅をさまよった。かたや種田山頭火は、小さい頃の不幸の数々が心の傷となって句を詠み、酒を呑み、あちこちを歩き続けた。2人の放浪のしかたはまるで違うが、しかし高木の詩と山頭火の自由律俳句はなんだか言うに言われぬ共通のトーンを有しているのだ。澤宮氏の講演は、こうした両者の違いと共通性とを掘り下げていく新鮮さ・深さがあって、聴衆をいたく引きつけた。今まで12回シンポジウムをやってきた中で、最も盛り上がったと思う。
 9月25日(日曜)には山頭火ウォークが行われ、八代市の球磨川河川敷から出発して日奈久温泉までの約13キロメートル、川沿いや干拓堤防の上を歩くのである。このウォークは、秋空の下、じっくりと自然の景観を味わえるので、健康的で楽しいばかりである。参加者数は、去年よりも30人ばかり多い約200人。毎年、確実に参加が増えているのは喜ばしい限りだ。終わってからの温泉街の中の空き地を利用しての福引き抽選会は、趣向を凝らした景品がたくさん提供されて爆笑続きであった。それに、抽選会の行われる間、ずっとたくさんの赤とんぼが舞っていた。ウォーク参加者たちがガヤガヤする中、人の群れを縫うようにしてスーイスーイと赤とんぼたちが飛び交う。なかなか良い景色であった。
 木賃宿・織屋は、平日はさすがに訪問客もさほどでないものの、休日・祭日となると途端に応対に忙しくなる。23日の午前中は特に多くて、全くてんやわんやであった。
 この「九月は日奈久で山頭火」が行われるようになって、12年。どうも、地域の行事として根付いたのかな、まだまだ続くのかもしれないなあ、などと思うのである。毎年必ず来てくれる人も多い。ああ、それにしてもこの一ヶ月、アッという間であった。

▲道端の彼岸花。日奈久温泉の近くの田園地帯である。このあたりには、あちこちに彼岸花が咲いていた。稲も色づき、収穫も間近だ

▲山頭火シンポジウム。これから、公募俳句の入選作表彰を行なうところである。日奈久温泉にはこういう和風の建物がよく似合う