第124回 祭りに酔う

前山 光則

 祭りの日は、年甲斐もなく浮きうきしてしまう。11月23日、全国的には勤労感謝の日だが、八代市では九州三大祭の一つ八代神社(妙見宮)の秋祭りだったのである。
 朝飯を済ませて川向こうのアーケード通りまで1キロ余を歩く。土手へ出ると、もうすでに対岸から大勢の人たちのざわめきが聞こえてきて、神幸行列が通りつつあるのだと知れる。行列は5キロほど先の神社へと向かうのだ。橋を渡ってアーケードへ入ると、笠鉾と呼ばれる山車(だし)の最後尾が通っている最中だった。とすれば、もうじきガメが来る。ガメの正式な言い方は亀蛇(きだ)であり、八代青年会議所発行の『ふるさと百話』によれば、頭は蛇で「陽」を、そして甲羅は亀で「陰」をあらわす。この陰陽が一緒になるときに万物を生ずるという、中国の陰陽五行説に由来する想像上の「神虫」である。
 いくらも待たないうちにまず子ガメ、次いで親ガメが現れ、アーケードの四つ辻で猛烈に舞い始めた。見物人は悲鳴を上げてガメを避(よ)けるが、ただ避けるのではない。ガメの尻尾の毛をうまく引っこ抜けば幸運に恵まれると言われ、見物人の中の勇気ある者たちがやっきになって挑戦する。見事にゲットできた子など、まさに有頂天だ。そういえば、2年前、ちょうど祭りの時に長野県松本市のY嬢が遊びにきていて、幸いにも尻毛を手に入れることができたのだったなあ。わたしも抜き取ってみたかったものの、素早く動く自信もないので、見物するだけにしておいた。
 空模様はあやしくて、小雨が降ったり止んだりであった。この祭りはもともとは11月18日に行われていたが、十数年前に勤労感謝の日の方が人がよく集まるからとの理由で期日が変更された。それ以後、行列の最中に落馬事故が起きたり、雨に祟られたりと、よくないことが続く。「人間ノ都合デ期日ヲ変エタカラ、神サマガ腹ヲ立テナサッタノダ」などとまことしやかに囁かれてきたが、今年もやはり天気に恵まれなかったわけだ。でも午後には雨もパラつかなくなり、神社近くの友人宅へ夫婦でお邪魔した。八代神社周辺の家々では、祭りのときに客を招(よ)んで御馳走するのが慣わしである。今はそうでもないようだが、昔はまったく面識もない者が上がり込んで呑んだり食ったりしてもまったく咎(とが)められなかったそうである。友人宅には顔なじみの人たちが集まり、友人自身が自慢の腕をふるっておでんや刺身や煮しめ、酢の物、鶏の唐揚げ等々、盛りだくさんの御馳走を用意してくれていた。料理も焼酎もおいしくて、ついつい長居してしまった。
 後になって気づいたが、砥崎(とさき)の河原と呼ばれるところでは午後からガメが舞うし、馬がやたら走りまくる。祭のハイライトなのに、見物するのを忘れていた。ああ、酔い痴れている場合ではなかったのに!

▲笠鉾。旧八代城下の9町内から笠鉾が出されるが、これはそのうちのひとつで塩屋町の迦陵頻伽(かりょうびんが)。謡曲「羽衣」からとられており、雪山または極楽にいるという想像上の鳥である

▲亀蛇が舞う。旧城下の出町から出る亀蛇つまりガメは、いつも笠鉾の後ろから行列にお供する。中に入って舞う人たちはたいへんなパワーが要るので、元気者でないと務まらない

▲露店。参道沿いだけでなく神社境内にもお好み焼きや梅が枝餅、綿飴、お面、竹細工、陶器店、金魚すくい等の露店が並ぶ。不思議なもので、露店の数が多くなければ祭の雰囲気も出ない