前山 光則
町を歩いていてラーメン屋があると、気になる。それも、客の7、8人でも入れば満員になってしまうような小さな店。ついつい心惹かれてしまうわけで、自分はラーメン好きなのだなとつくづく思う。若い頃は、町へ呑みに出た帰りなど小腹が空いてよくラーメン屋に寄り道したものである。食べるだけでなく、焼酎も啜った。というか、焼酎にはラーメンが実によく合うのだ。いやいやそれはビールでなくてはいかんゾ、と主張する人もある。だが、わたしに言わせれば少なくとも豚骨スープ系統のラーメンには焼酎が最適だ。
歳をとった今では、さすがに夜中に焼酎呑みつつラーメンを食うなどということはもうしない。でもラーメンは、時々、猛烈に欲しくなる。それも、止せばいいものをわざわざお腹いっぱい、炭水化物過剰になるような食べ方をしてしまう。つまり、「ラーメンライス」である。御飯と麺とが口の中で混雑状態になるのが、何とも言えぬ至福のおいしさだ。
そして思い出されるのが、若い頃に週刊漫画雑誌『少年マガジン』で愛読した松本零士の「男おいどん」である。汚い四畳半の下宿で定時制高校中退・失業中という極貧の生活を送るおいどんこと大山昇太(おおやま・のぼった)、彼は貧乏なくせにくちばしの長いトリを飼っている。もともとは食料にしようと捕まえたのだが、仲良くなって一緒に暮らすこととなった。パンツを洗わぬまま押し入れに詰め込むためサルマタケという茸が生えてくると、それを食料に利用せねばならぬ。このような食うや食わずの暮らしを営む中、最高の贅沢はたまに付近の食堂でラーメンライスをかきこむことだった。アルバイトで食いつなぎながら夜間大学に通っていたわたしには大山昇太のこの「贅沢」が心底共感できたので、雑誌が出るとかならず読んだ。
松本零士は後にテレビアニメ「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」という傑作を描く。もはや松本零士といえばファンタスチックなアニメのイメージが強烈で、同じ作者が「男おいどん」という野暮ったい貧乏物語を描いたことがあるなどとは知らない人も多いだろう。「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」は松本零士の想像力をぞんぶんに発揮した作品だが、「男おいどん」の方には作者の若い頃の体験が反映されているのかも知れない。いわば半自伝的漫画で、たぶんラーメンライスを最上の御馳走としていた一時期があったのだ。もっとも、大山昇太は貧しくとも四畳半に住めた。わたしなどは三畳の部屋で過ごした時期が2年もあるから、松本零士の青春はさほどどん底というほどでもなかったりして、などと冗談を飛ばしてみたくなる。
栄養がかたよってしまうのを承知しつつラーメンライスを止めきれず、時々「男おいどん」を懐かしがる……、ひょっとしてこれはまだ青春の気分が脱けきれていないのかな?