第135回 箱崎散策

前山 光則

 2月22日、良く晴れて、春うらら。午前中から福岡へ出かけた。田舎に住んでいると、たまに都会へ行くのが愉しくてならない。
 友人たちと一緒に昼飯を済ませた後、1人で箱崎の方へ行ってみた。地下鉄を降りてすぐの筥崎宮参道脇の空き地に屋台が据えられ、お兄さんたちが道具類を整えたりしていて、これから町なかへ運ぶのだろう。福岡ならではの風景である。今夜は酒宴に出るが、終わったら屋台で飲み直すのも一興だなと思った。それで近づいて「どこらに店を出すとですか」と訊ねてみたところ、「あ、ああ」と口ごもっただけで答えてくれず、どうも準備作業の邪魔でしかなかったようである。
 筥崎宮の境内へ入ってみたら、楼門に掲げられた扁額に「敵国降伏」と大書されている。この迫力に一瞬たじろいだのだったが、説明板によると鎌倉期に亀山上皇が献納した宸筆(しんぴつ)を拡大模写したものなのだそうである。元寇の際に勝利祈願をしたのだろう。「降伏」については「武力によって相手を降伏させる(覇道)ではなく、徳の力をもって導き、相手が自ずから靡(なびき)降伏する(王道)という、我が国のあり方を説いています」とある。今ちょうど竹島や尖閣諸島のことで緊張が高まり、ロシアとの北方領土問題もクローズアップされてきている。こうした「敵国降伏」などという語を見ると、なんだか妙にリアリティを感じてしまう。
 実は、筥崎宮のすぐ横の福岡県立図書館に用があった。同人雑誌「九州文学」の戦争中から敗戦直後にかけてのバックナンバーを、閲覧させてもらったのである。図書館職員の応対がみな親切で気が利いており、利用しやすい図書館だなあと感心した。そしてバックナンバーをゆっくり読みふけることができたので、次回はその感想を記すつもりである。
 図書館を出てからは商店街へ入って、昼飯の時に友人が教えてくれた喫茶店を探した。友人は「町で場所を聞いても知らない人が多いかもしれない」と言っていたが、町の人に聞いたらすぐに分かった。さてその店、名を「箱崎水族館喫茶室」という。ピアノもあるし、書棚に夢野久作関係の本が多く並べてあったりして、ゆったりした雰囲気の店だ。イルカらしきものが写った写真も見られる。店の女の人にコーヒーを注文する。その人の言うには、近くに本当にホンモノの水族館があった。といっても、水族館があったのは昭和の初め頃までだそうだ。海も、埋め立てにより少し遠くなってしまっている、というような話を聞きながらコーヒーを口に入れたら、とってもおいしい。口中にコーヒーの心地よさがしみ渡るのだった。寛ぎの店、箱崎水族館喫茶室。ここにはまたぜひ立ち寄りたい。
 夜は、「弦書房の創業10周年と梓会出版文化賞特別賞受賞を祝う会」に参加した。愉快に飲めた、酔うた。弦書房さんおめでとう!

▲屋台が出発。準備作業が終わり、屋台が今から出て行く。福岡の繁華街のどのあたりで商売をするのだろう。屋台好きのわたしとしては気になるのであった

▲楼門に「敵国降伏」。亀山上皇の字を拡大模写したものだそうだが、迫力ある立派な書体である

▲箱崎水族館喫茶室。名前の面白さもさることながら、たたずまいも落ち着きがあって感じ入った。こういう喫茶店があるだけで界隈に親しみが湧いてくる