第五回 参道で見かけた炭鉱王・伊藤傳右衛門

浦辺登
 
『南洲遺訓に殉じた人びと』5
 
 勤皇僧月照が匿われていた松屋から参道を進むが、次に何が登場するのだろうかと遠来の客は期待感に溢れている。左右に展開する土産物店には、太宰府天満宮らしく「合格」と記された鉢巻、梅を愛した菅原道真にちなんだ梅干し、アニメグッズが並んでいる。それらを目に留めながらも、珍しい史実を逃すまいという表情になっている。
「これを見てください」
 参道の途中にある鳥居の足を示す。そこには「伊藤傳右衛門」と彫り込まれており、あの柳原白蓮の元夫と告げる。NHK朝の連続テレビドラマに登場した伊藤傳右衛門だけに、偶然、芸能人と遭遇した感覚なのか、懸命にカメラのシャッターを押す。カネとオンナとバクチに明け暮れる気性の激しい炭坑夫あがりという印象だけに、あの伊藤傳右衛門が鳥居を奉納するのかと驚いた表情。参道を引き立たせる雄大な鳥居に、その財力を改めて感じたようだ。
 現在は緩い上り坂の石畳だが、昔の絵図を見ると鎮守の社とさほど変わりの無い光景が描かれている。それでも、幕末の志士たちが延寿王院に滞在する三條実美公たちを訪ねて歩いた参道かと思うと、感慨深いのでは。
 しかし、そんな往時を偲ぶ余裕は、今はない。アジア各地からの観光客で参道は満ち溢れている。その昔、初級の北京語を習った事があるので、多少の単語は聞き取れる。が、しかし、ここでは、いったいどこの国からやって来た観光客なのか判別がつけにくい。台湾、韓国、中国などと、大別できるほどアジアは容易ではない。
左右をきょろきょろしながら歩いて、ようやくにして参道の直線部分が終了する。ここで、目前の延寿王院が目に入る。しかしながら、もう一つ、見ていただきたいものがある。
それが、やはり炭鉱王伊藤傳右衛門が奉納した二本の社標。その石柱の裏面に「伊藤傳右衛門」とあるが、やはり、ほとんどの方が見落としている。実像の伊藤傳右衛門は、フィクションの世界と異なる。人情に篤く、地域貢献、孫文の革命支援をした人だけに、一面的に「エロ爺」と見られる傳右衛門が不憫に思われて仕方ない。
 
 
 
EPSON MFP image

▲鳥居の足に刻まれた伊藤傳右衛門の名前(太宰府天満宮)