前山 光則
俳句の季語に「春愁」というのがある。角川春樹編『季寄せ』によれば、「華やかな楽しさの中にふと感じられる春の哀感」のことだそうである。例句として、
春愁の渡れば長き葛西橋 結城昌治
が挙げてある。作者は一時代前に推理作家として活躍した人だが、俳句も練達していたようである。「葛西橋」というのは、東京の荒川と中川とを跨いで架かる全長700メートル余の橋のことであろうか。あれならば確かに「長き」橋である。
それはともかく、2月に入ったあたりからずっと気分がすぐれなかった。重度のものではないものの、なんとなく明るい気持ちになれない。どうしてだかやる気が湧かない。原稿を書く気がしないものだから、この連載コラムもサボってしまっていた。もっとも、河津武俊氏の力作長篇『森厳』文庫判が弦書房から近々刊行されるが、この本の解説原稿にだけは力を入れて取り組んだ。昭和30年代前半に起きた強盗殺人事件の犯人2人のことが描かれていて、あの時代の様子もよく浮かび上がるし、なにより人間の哀しい性(さが)の深いところにまで下りていっている小説で、グングン引き込まれる。しかも、事件の現場が小説では岡山県の山間部というところになっているが、実際には同じ時期に九州山脈の中の一山村で起きた事件なのだそうだ。そのことが判明して、さらにまた興味が湧いたから解説執筆をがんばった。
しかし、がんばったのはそれだけ。あと、また「春愁」なのか何なのか、やる気出ぬ、明るい気持ちになれぬ。なにごとも悲観的に危惧してしまう、そんな日々が続いた。
こういう時は食生活が不健全になってしまいがちだな、と痛感する。食欲がない、また、そのくせ少量を早食いしてしまう。いや、それは自分では気づかなかった。友人知人とたまに会食することがあって、その折り「食べるのが早いですねえ!」と指摘されて、ハッと気づいたわけだ。言われてみれば、間違いなくわたしは目の前の人よりも三倍くらいせっかちな速度で料理を平らげていた。それはおいしいからそうしたのでなく、ただ単にいつもの一人で食事する時の習慣どおりセカセカとかき込んだ結果に過ぎなかった。
結果はどうなるか。そう、胃の具合がおかしくなってしまう。常備薬の陀羅尼助(だらにすけ)を飲んでごまかすが、どうもこの頃効かなくなっている。体重も、昨年秋から68キロ台で安定していたのだが、ある日温泉センターの体重計で量ってみたら66キロに落ちていた。
あーあ、愉しくない日々だ、とため息をつくのだった。
それが、5日ほど前に運転免許更新に先がけて高齢者講習を受けるため最寄りの自動車学校に出かけた。同年齢の人たち5人と共に講話を聞き、視力検査を受け、そのあと練習場へ出て実技も行なった。約2時間の講習が終了し、あとは期日が来たら警察に免許更新手続きをしに行けば良いということになった。グッタリ疲れていたものの、区切りはついたのである。
ホッとして家路につきながら、なんとなく気分が違っていた。どういえば良いか、それまで下ばかり向いていたのが、その時は青空を仰いで気分がスッキリできたようなものだ、というか……。「なんとかやって行こう」、そんな呟きがつい口から出て、自分でも意外だった。そして、「区切りがついたから、温泉に浸かるか」という思いが湧いて、夕方、日奈久温泉に出かけて長湯を愉しんだ。
その日の夜、わりとよく眠れた。夢も見ない。いや、これはいつぞやコラムに書いたように、昨年5月以来、ちゃんと記録できるような夢を見なくなってしまっているのである。実にさびしいことだ。ただ、小用に起きた後、眠っているのか目を瞑っているだけなのか分からないボンヤリした状態で寝床に居た。そうしていたら、低い声で「お父さん」と亡妻が呼んだような気がした。ハッと目が覚めた。やはり自分は、熟睡ではないもののうたた寝みたいな状態だったのであろう。あたりを見まわしたが、むろん亡妻はいない。いるはずもない。時計を見たら、午前4時であった。
以後、わりと胃の調子が上向きである。なんだか、前向きになれている気がする。だからこのコラム執筆も書いてみたいと思った。
それにしても、やる気の湧かない、食欲不振の状態、あれは「春愁」だったのか、どうか。もっと別種の憂悶であったか。