第29回 秋祭りも終わって

前山 光則

 熊本県八代市の秋祭りは楽しい。妙見宮(八代神社)の大祭、これが江戸時代中頃からの長い伝統を持ち、盛大なのである。
 今年は神幸行列の要(かなめ)となる笠鉾の組み立て作業も見た。笠鉾とは、御輿(みこし)のことだ。毎年、旧城下町の9つの町内から笠鉾が出されるのだが、かねてはバラした状態で各町内の格納庫に保管されている。それを、祭りの前々日、朝早くから町内の人たちが総出で組み立てる。移転してよそで暮らしている人たちまでもがやってきて、みんなで「毎年1回だから、やり方は少しずつ思い出しながら、ですたい」とおっしゃる。ああでもない、こうだよ、などと応答が飛び交ううちに徐々に形ができあがっていく。金釘を一切使わないのには感心する。各所に金箔や青貝細工等が施され、水引幕の刺繍も素晴らしい。なんでも、笠鉾1基をまるごと新しく造ろうとするなら約2億円かかるだろう、という話だ。お昼近くには9基全部の組み立てが完了し、町の中心部のアーケード通りにずらり並べられた。日頃はひっそりしている商店街がパーッと明るくなり、すでに華やかな祭りの雰囲気だ。そう、このいつもと全く異なる雰囲気が神様を招(よ)ぶのだよな、と思った。

▲笠鉾組み立て風景。神経を使う仕事だが、
晴れた空の下、皆さん気持ちよさそうに作業していた

 なんだか、祭りというものがすごく身近なものと感じられるのだった。
 祭り当日(11月23日)は八代駅前で神幸行列を見物した。人が押し合いへし合い、獅子が舞う、土地で「ガメ」と呼ばれる亀蛇(きだ)が荒れ狂う。たまたま帰省したわが娘も、長野県松本市からわざわざ遊びに来てくれた美人Y嬢も大喜び。女房も、女房の知り合いのご婦人もはしゃぎっぱなしだった。Y嬢は「信州の祭りよりもずっとカラフルで、陽気で」と、とても新鮮な印象を受けたようだった。わたしも、祭りの高揚感はほんとにたまらないな、と思う。

▲神幸行列。八代駅前に神幸行列が到着したのだ。
これから行列は妙見神社へと向かう。あと約2キロ程の道のりだ

 さて賑やかな祭りも終わり、娘も都会へ戻り、Y嬢も松本へ帰った。町は静まり、北風が吹き、銀杏が葉を散らす。ああ、なんだか寂しい。胸のうちに空洞ができそうな感じだ。
 でも、よくしたもので新しい本が届いてまた気分一新。乳井昌史著『南へと、あくがれる《名作とゆく山河》』(弦書房)である。北国青森県生まれで、文学と旅そして酒も好きという著者が、九州中を歩き回る。著者の取材方法はどうも無手勝流のところがあり、だから種田山頭火のふるさと山口県防府市内でホームレスから「夜が怖くないか」「夕飯は? 弁当があるぞ」などと話しかけられる。しっかりと親近感を持たれたのである。そのような気取らぬ姿勢にたちまち惹かれて、ただいま熟読中である。一気に読み通したいところだがコラム執筆はサボれないので、本をいっとき脇に置いてこれを書いた次第だ。