第54回 雨の中、紫陽花を観る

前山 光則

 6月10日の朝方、妻が「宇土市の自然公園の紫陽花(あじさい)はとても評判が良いけど、どんなとこ?」と聞く。知らないなあ。しかし、俺、今日は今から熊本に行くのだから、立ち寄ってみるかな、と言って家を出た。
 さて、熊本市内で用件を済ませての午後、帰りがけに探してみたのだ。あいにく雨が激しく降るが、こう天候が悪いと逆にやたらファイトが湧く。しかも、幸い場所はすぐに分かった。宇土市内へ入ってから右折して10分ほど行くと、三角(みすみ)半島の付け根にあたるところの右手に住吉の岬がある。ここら一帯が公園化され、紫陽花の名所にもなっているのだという。岬の方へ車を入れてみたら、案の定すぐから紫陽花が並んでいた。つまり岬はちょっとした丘になっていて頂きに神社があるのだが、その裾の海岸線がぐるりと紫陽花の花盛りなのだ。なんでも、約20種、2000株もあるとのこと。大きいのもあれば小粒の花も見えた。色も藍、白、ピンク、紫といった具合、一つ一つ違っており、傘をさして見て歩いたが実にみずみずしい。
 雨がじゃんじゃん降る中、見物の人が結構いた。親子連れ、夫婦、ワケありカップル(と見えたのだが)、それにマイクロバスに乗った団体さんも来ていた。こんなにも天気が悪くて足もとのおぼつかない状態なのにわざわざ来るなどとは、よほどの物好きである。だが何のことはない、わたしだってまた同類なのだ。杉田久女の俳句に「紫陽花に秋冷いたる信濃かな」というのがあって、つまり信州の秋冷の頃に紫陽花が見られることが詠まれている。そのように紫陽花はこれから秋口にかけて各地で次々に咲くわけだが、でもやはり最も美しいのは今の時季であろう。それも、雨に打たれる紫陽花の姿は胸にジンとくる。
 岬のすぐ近くに小さな島があり、観光案内板を見たら「風流(たわれ)島」という名だそうである。「枕草子」に「島は、八十島。浮島。たはれ島。絵島。松が浦島。豊浦の島。まがきの島」と記され、「伊勢物語」にも「名にしおはばあだにぞあるべきたはれ島波の濡衣着るといふなり」と登場する、との説明があって、エーッ、本当の話だろうか。
 こないだは宮崎県の鵜戸神宮で井山忠行氏の大作に惚れぼれするあまり参拝するのを忘れたから、今回はわざわざ雨に濡れた石段を登って行き、住吉神社に詣ってから帰った。
 ところで「たわれ島」のことだが、帰宅後調べてみたら確かに「枕草子」「伊勢物語」に出ていた。どちらも肥後国(熊本県)宇土郡にある島との注釈がついており、やはり間違いないのだ。いやあ、都の人たちにも知られていたとは驚きである。紫陽花を愉しんだついでに古典の知識も得ることができた。
 前回、梅雨に入って雨ばかり降るから「つまらないなあ」と愚痴ったが、あれは悔い改めねばならない。梅雨季も悪くないもんだ。

▲住吉神社への登り口あたり。住吉神社は、1071年(延久3)、菊池則隆が海上安全を祈願するため大阪の住吉大社から分祠したのが始まりだという

▲風流島(たわれ)。「はだか島」「たばこ島」とも呼ばれているそうで、小さな島ではあるが地元の人たちから親しまれているのだ