第138回 箱崎再訪

前山 光則

 家の者が、福岡まで往復してたったの2900円しか要らないという日帰りバスツアーを見つけてくれた。現地にいる間は各自まったく自由行動だというから、それならば箱崎界隈をまた歩きたいもんだと思いたち、3月16日、半ば衝動的に出かけたのであった。 午前10時過ぎに博多駅の筑紫口前に到着し、あとは午後3時半まで自由に動ける。空はうららかに晴れて、吹きくる風もやわらかく、散策するにはもってこいの日和であった。博多駅から箱崎へはJRで行った。商店街の古ぼけたマーケットやリサイクルショップを覗いてみたり、玉取恵比須神社という小祠を拝んだりしながら、筥崎宮境内に入る。「お潮井について」と題された説明板、これは前回さほど興味が湧かなかったのだが、今回は違った。「博多では筥崎宮のお潮井(真砂)をてぼ(籠)に入れて家の玄関に備え、外出の時身に振りかけて災厄からのがれる事を祈ります。又、家屋の新築の際は敷地を祓い清め、農家では田畑に撒いて虫よけ、農作を祈ります」云々と書かれているのを読んでいるうち、無性に海が見たくなってきたのである。
 参道をそのまま海へ向かってもつまらないから、町のあちこちを巡りながら行った。「大学湯」という銭湯があってそそられたが、どうも営業しているふうではない。下宿屋の風情を残す民家も珍しい。そうするうちに鉄道の引き込み線にぶつかり、陸橋がある。そこの階段を上ってみたら、ヤッター、すぐ近くに海が見えた。都市高速が視界を塞いでいるのでお世辞にも爽快な海浜風景ではないが、それでも海は海である。陸橋を下りて行き、路地を抜けると漁港に出た。船がたくさんいる。左手の浜には鳥居が見えた。ははあ、これが筥崎宮参道の最先端、潮井の浜なのだ。ただ、立ち入りはできそうにもなかった。その代わり、今いる足元の水際に目を注ぐと、こんな都会で、埋め立て地に面しているのに、海の水が濁っていない。都会の海にしては意外なほど澄んで、雑魚も結構多く泳いでいる。昔はもっともっときれいだったのだろう。見ていて、古来から人々が浜の真砂を家に備えたり、敷地や田畑に撒いたりして災厄から逃れられるよう祈ったり、豊作を祈願したりしてきたという、その気持ちが自分にも分かるような気がした。博多山笠も、実質的な祭りは浜でお潮井取りをしてから始まるのだそうで、そういうのもぜひ見てみたいものだ。
 漁港には、意外なことにイタリア料理店があった。山盛りの野菜サラダにミネストローネ(野菜スープ)にスパゲティー、どれもなかなか良い味で満足できる。昼食の後は商店街の方へ戻って、前回知った箱崎水族館喫茶室に入り、休憩した。店の人が顔を覚えてくれていたので、他愛もなく嬉しかった。
 この日使った金は、バス代も含めて4880円。実に安上がりな日帰り小旅行であった。

▲箱崎の漁港。見ていると、東京の浜松町から羽田空港へかけての沿岸風景と似ているなあ、と思う。だが、ここの海水は澄んでいて、これが東京湾と違うところである

▲潮井の浜が見えた。通りがかりの人の話では、干潮時には漁港の方から歩いて潮井の浜まで行けるそうだ。しかし、やたらと立ち入らない方がよさそうだ

▲イタリア料理店。客席は、カウンターだけ。5人坐れば満杯となった。店内にはサッカーJ2アビスパ福岡のポスターや選手達の写真等がいっぱい。店主は試合の応援にも行くらしい