第263回 氷室祭りについて

前山 光則

 前回のコラムには、1枚だけ氷室(ひむろ)祭りの写真を添えておいた。これについて、せっかくだからもう少し説明しておく。
 氷室祭りは、約350年前、奥山の雪を氷室に貯めておき、夏になって八代城主の細川三斉公に献上したことから始まったのだそうで、「氷朔日(こおりづいたち)」とも呼ばれている。毎年、妙見宮(八代神社)で5月31日の夕方から翌6月1日の朝にかけて執り行われ、還暦に達した人や厄払いしたい人や、あるいは若い人たちなどは縁結びを願って参拝する。祭りの楽しみが「雪餅」で、名のとおり雪のように白い。普通の餅と違うのが、搗いて作るのでなく、粳(うるち)米と糯(もち)米の粉を半分ずつ混ぜ合わせ、中に餡を入れてからセイロで蒸すのである。なんというか、ほろほろした歯触りが心地良い。この雪餅をその場で蒸し上げて売る店が神社境内にも参道にもテントを張って何軒も並ぶので、参拝者たちはこれを買って店の中で食べたり、あるいは家へ持って帰る。雪餅を食べたらその年は病気をしない、と言い伝えられている。テントの中で、皆さん茶を啜り、出来たての雪餅を何個も食べる。たまに気張ってビールを飲む人がいるものの、つまみは雪餅以外にないのであり、なんともサマにならぬ姿だ。つまり、この氷室祭りでは甘い物が主役。全国的に珍しいのではなかろうか。
 前回の写真は6月1日の午前4時前頃に撮影した。夜中にふと目が覚めてしまい、3時を過ぎてから出かけてみたのである。ところが、参拝者たちはいたものの、肝腎の雪餅屋がガランとして、セイロの火も消えている。店の中に知り合いがいたから聞いてみたら、「今は、休憩中。でも、いつもより多かばい。やっぱり地震が早くおさまりますようにって、神様にお願いしたかとだもんなあ」とのことだ。祭りが賑わうのは宵の口から12時頃までと朝の6時頃から8時頃までであり、途中がヒマになる。その間に休憩したり、朝からの賑わいに備えて仕込み作業をするのだという。この祭りには今まで幾度も来たが、こういう時間帯は初めてだった。そうか、真夜中に参拝に来ても至って閑散としているわけか、と納得したのであった。一軒だけホカホカの雪餅が売ってあったから、1000円払って一袋(12個)買い求めた。帰ってから家の者と一緒に食べたのだが、餅特有のほんわかした匂いがなんとなく幸せ感をもたらしてくれるし、晒し餡が素朴で飽きない味だ。
 朝食後、千葉県に住む女性でこちらへ遊びに来てくれたこともあるAさんに「今日は氷室祭りでした、云々」とメールした。すると、彼女の働くビル内に八代出身の女性が居るのでさっそく話題にしたところ、「そう、氷室祭り。ああ、雪餅が食べたい! 雪餅は氷室祭りの時にしか買えないのよ。八代に帰りたい!」と、たいそう懐かしがったそうである。
 
 
 
写真①雪餅を売る店

▲雪餅を売る店。氷室祭りの時は、いつも10軒ほどは出店している。専門の菓子店でなく、かねては他の稼業だが、この日だけにわか雪餅屋となるのである。2016・6・1、午前4時02分撮影

 
 
写真②雪餅

▲雪餅。セイロで蒸す時の1枚分である。店で食べるときには、これを3人から4人でつつく。2012・5・31、午後11時35分撮影

 
 
写真③目下、雪餅蒸し上げ中

▲目下、雪餅蒸し上げ中。参拝客が多くて混んでいる時は、じゃんじゃん蒸しても間に合わないほどである。2012・5・31、午後11時32分撮影