第280回 錦帯橋・えん歌風呂

前山 光則

 11月20日、快晴。朝から福岡を出て、関門海峡を渡り、午前11時前に山口県岩国市に着いた。有名な錦帯橋を見てみたかった。
 行ってみて感心したのは、まず橋の架かる錦川そのものが実に良い川であること。澄みきった水が瀬をなして流れており、ヘドロなどない川だ。今、下り鮎のシーズンで、ガックリ掛けで鮎を釣る光景が何カ所かで見受けられた。そして、錦帯橋。中国の「西湖遊覧志」にヒントを得て延宝元年(1673)に創建されたとのことだが、無論、これまで何度も架け替えは行われているだろう。現在の橋は長さ193.3メートル、幅5メートル、4本の橋脚によって支えられた5連の木造アーチ橋である。これが、川岸や川原から眺めてみて実に美しい。歩いて渡ってみる。すると、大きな川を橋によって越えることができるという有難味がふつふつと湧いてくる。江戸時代中期頃からすでに広く世の中に知られていたというが、確かに観光名所としてもて囃されるだけのことはあるわけだ。実際、20日は日曜ということもあって大勢の人が訪れていた。女房は、「観光名所になるだけのことがあるのねえ」とため息をつくのだった。
 錦帯橋を渡りきった右岸には吉香公園、そのまた左奥には紅葉谷公園があった。辺り一帯は大正時代に公園として整備されたとのことだが、全体を見て歩くには30分から1時間はかかるだろう。ちょうど紅葉がピークにさしかかっており、九州ではなかなかこうしたきれいな秋景色に出会うことができない。そして、公園には作家・宇野千代の小説「おはん」にちなんだ石碑も建てられている。おお、この作家は岩国出身だったのか。せっかくだから、作家の生家も見学しに行ってみた。
 そんなふうに岩国市で時を過ごしてのち、夕方前には周防大島へ渡った。昔は渡し船で行くしかなかったそうだが、昭和51年(1976)7月に大島大橋が完成してから便利になったのだという。わたしたちの泊まる宿は、この全長1020メートルのトラスト橋を渡ってすぐ右のところにあった。つまり、この宿は、窓を開ければ目の前が島と向こう岸とを隔てる海峡である。夕方、潮の流れの激しい時間帯で、海流は渦巻いており、小さな漁船は苦労しいしい航行していた。これは見ていて飽きない風景だ。しかも、風呂に入るとそこからも海が一望できるし、露天風呂もある。なんという贅沢な眺望であったろう。
 ところで、風呂場は「えん歌風呂」と名づけてあり、演歌がBGMで流れる。壁の一画に鳥羽一郎の「兄弟船」の歌詞が大きく掲げられていたので、湯槽に浸かって自分でも口ずさんだ。後で女房に訊いたら、女湯は美空ひばりの「乱れ髪」だったそうだ。両方とも作詞者は星野哲郎。そう、周防大島はこの人の出身地なのである。でも、「演歌風呂」でなくて、なんで「えん歌風呂」なのかな?
 
 
 
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▲錦帯橋。アーチ型の橋なので、渡るとき上り下りがあって景色の変化が愉しめる。向こう岸(右岸)の山の上に小さく岩国城が見える

 
 
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▲釣り人。橋の上から釣りを見物していたら、数分間のうちに二匹釣れた。小振りの鮎で、この川には球磨川で捕れるような尺鮎はいないのだろうか

 
 
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▲紅葉谷公園。彩りがきれいで、まさに「錦秋」という感じである。大勢の人が紅葉見物に来ており、確かにこういう美しさであれば来たくなるはずである

 
 
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▲宇野千代生家。岩国市川西町二丁目、旧山陽道沿いにある。明治期の建物だが、昭和49年に宇野千代によって修復されたそうだ。この家の庭の紅葉も見事だった

 
 
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▲宿からの眺め。潮が滔々と渦巻いていた。対岸は柳井市である