連載コラム: 『本のある生活』 2010.07.14

第13回 忘れ得ぬもの

前山 光則

 時折り球磨焼酎の醸造元を訪問するが、いろいろ見聞できて面白い。
 C酒造では、煉瓦製の煙突が忘れられない。かつては焼酎製造になくてはならぬものだったのだが、今ではまったく無用のものと化し、ただ象徴的なオブジェとして立っているだけだ。あまり背が高いので危険だから途中で切断してある。すると、その切断面から木が生え出ているのだ。自生している木の、なんという逞しさであろう。こういうのは壊さずいつまでも遺しておいてほしい。

▲醸造場の煉瓦煙突に木が生えて来た

 人吉盆地の奥にあるB酒造。ここは蔵の中を見せてもらっていた時、係の人が窓をちょっと開けたら川が現われた。すぐ横を谷川が流れているのだ、と知った。澄み切った水がゴンゴンと岩を噛み、あるいは深みで淀む。おおーっと声を上げたほど意表をつく光景であった。淀みには小ぶりの魚が泳いでいたが、きっと山女魚だったろう。岸辺にはクレソンも生えていた。谷川に面してたたずむ醸造元、すっかり目に焼き付いてしまっている。
 1週間ほど前に訪ねたA酒造の庭には、ニッケ(肉桂)の巨木が聳えていた。なんでも、明治の初め頃にご先祖が天草島から移って来て焼酎醸造を始めたのだそうだが、創業の頃に植えられた木だという。この木はA酒造の約130余年をずっと見守ってきているのである。いったいどんな思いがあって植樹されたのだったろうか。社長さんが根っこを少しむしり取ってくれたから、歯をあててみたら、良い香りだ。ピリリとするし、だけども甘みも生じてくる。少年の頃、悪ガキ仲間で一緒になってニッケの木を探し出しては根を掘り出し、しゃぶってたなあ、と、懐旧の思いがしきりに湧いたことだった。

▲醸造場の庭のニッケの巨木

 球磨焼酎というのは、熊本県の球磨人吉地方で古くから造られている米焼酎だ。実は、この地域で育まれて来た酒文化の歴史や造り手の思いを1冊の本にまとめるべく、数年前から共同執筆の人たちと共に資料を読んだり話を聞きに出かけたりしているのである。
 煉瓦煙突とか蔵の横を流れる谷川とかニッケの木などは、本の中には書かないかも知れない。メインテーマから外れるからであるが、でもわたし個人はいつまでも記憶することだろう。なんかこう、人間の営みって悪くないもんだなあ、と親しみを抱くからである。ましてその醸造元の焼酎を呑む時には、いの一番に思い浮かべるのではなかろうか。
2010年7月13日

こんなのもアリマス

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