連載コラム: 『本のある生活』 2019.05.13

第348回 久しぶりに夢を見た

前山 光則

 実に久しぶりに夢を見た。
 
   *
 
 大型トラックに乗っていた。桂子が運転手。わたしはまだ運転免許が取得できておらず、助手席に座っていなくてはならなかった。
 あるところまで走ってきて、休憩することになり、桂子は道路脇にトラックを停めた。そして、二人とも車から離れてひと息入れていたのだが、するうちにはるか前方からこちらのトラックよりもずっと大きなダンプカーが向かってくるではないか。目測では、このままだとこちらの車と接触しそうであった。もっと道路の端っこに移動しないと危ないので、
「桂子、大変だ、おーい、桂子」
 早く運転席に戻るよう、ドラ声で促した。いや、しかし最早車を少々動かしても無駄なようでもある。だいいち、わたしたち自身が撥ねられてしまうかも知れなかった。
「大変だ、おーい、桂子」
 もう一度叫んだ。かなり離れて道ばたの草花を見て遊んでいた桂子はふり返ったが、なにかしきりに言いはじめた。だが,聞こえない。それは、距離があるからなのか、あるいはすでにダンプが迫っているため騒音で阻まれているのか。とにかくアッという間にダンプは迫ってきた。どうしようもなかった。これは、ほんとにどうしたものか。
 それでも、あんなに心配し、懼れたのに、大型ダンプは不思議なスムーズさでわれわれのトラックの横をすり抜けて走り去った。よかった、何ごとも起きなくて済んだので、ドッと安堵した。
 あらためて桂子の方に目をやったのだが、桂子もあちらの方からじっとぼくを見ていた。顔つきが、歪んでいる。そして、
「あなたは……」
 そう呟いた。だいぶん遠くにいるのに、呟きはこちらの耳にはっきり聞こえてきた。
「あなたという人は……」
 もう一度、声が届いた。そう言われて、なんだかつらくなってしまった。じっとしているのが気まずくて後ろを見たのだが、すると、今し方通り過ぎて行ったダンプカーが大きく傾いたところであった。あ、あ、あ。見る内に、ダンプはゆっくりひっくり返って行った。やがて、「ドーン」ととてつもなく大きな音があたりに響いた。ダンプはすっかり裏返しになってしまい、そのまわりには土煙のようなものが朦々と立ちのぼった。
 
   *                 
 
 これが、見た夢の詳細である。
 5月1日、大型連休の4日目というよりも令和元年となった日。客が来て、球磨川の谷にレトロな一軒宿があるので案内し、一緒に昼食をとった。夕方には客も帰って行き、夜は10時ちょっと前か後かに就寝した。
 そして、夢を見た。夜中、目が覚めた時に時計を見てみたら午前2時ちょっと過ぎであったから、夢を見たのがまだ5月1日のうちにであったか、2日に入ってからだったのか分からない。だが、いずれにしても「令和」となって初めての夢であった。いや、それよりも実に久しぶりに見た夢。ああ、やっと夢を見る自分が戻ってきたなあ。ため息が出た。
 この連載コラム第340回「夢を見なくなった」で書いたように、自分の見た夢は、なるべく詳細に記録しておくことにしている。そのノートを「夢日記」と名づけており、第1回が2013年(平成25)1月20日であった。昨年の5月31日に35回目を記したのだが、その後ずっと途絶えていた。
 だから、1年ぶりの「夢」である。
 なぜだか、夢を見なくなっていた。いや、ほんとはたまにあったが、しかし目が覚めてみるとちっとも詳細が思い出せない。だから、わざわざ記しておくだけの材料がないという、情けない状態であった。自分はこのまま夢と無縁な人間になっていってしまうのか。これはもしかして自分の頭脳の衰え、「老い」を示しているのではなかろうか、と、さびしい気持ちであった。まして、昨年7月18日に妻が亡くなったが、その後、一回も夢枕に現れてくれなかった。ほんのちょっとでも姿を見せてくれてほしいのに、まったく兆候すらなかったのであった。亡くなった妻から見放されてしまったような、さみしい気持ちがつづいた。それが、今度見た夢にはきわめて印象深く登場したのである。嬉しいし、その上にさらにホッとした気分であった。
 無論、夢の中で亡妻が「あなたという人は……」と恨みがましく発した一言は、重たい。自分が背負ってゆかねばならぬすべてが、その一言に象徴されているように思えてならない。しかし、それでも、いやそれだからこそ今度の夢はありがたかった。なんだか、生きる元気が湧いてきた。
 
 
 

▲球磨川河口。右前方に見えるのが鼠蔵(そぞう)島。昔はほんとに島だったが、干拓により陸地と繋がったのである。この鼠蔵島の左から先が八代海(不知火海)である。時折ここらの風景を眺めに来るが、とても心が和む

 
 
 

こんなのもアリマス

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