第452回 名優は良く本を読んだ

 前回、冒頭で触れた通り、大相撲初場所は豊昇龍が2度目の優勝を果たした。そして、場所後めでたく横綱に昇進した。
 照ノ富士は残念ながら引退した。しかし、この人はよく頑張ったと思う。
 モンゴル出身力士の活躍に比べて、日本人力士たちは物足りない。3月に入れば春場所が開催されるが、もっと奮起してほしいものだ。大相撲のファンとして、切に願う。
 さて、それはさておき、この頃よく名優・高倉健のことを思い出す。あれは実に良い俳優だったよなあ、と、いつも同じようなことを呟いてしまう。
 高倉健が亡くなったのは、平成26年(2014)11月10日であった。早いもので、すでに没後10年が経ったことになるわけだが、今でも時折りテレビでこの人の主演映画が放送されるので、その都度観ている。昨年末には、NHKがBS1で1時間かけての特集番組「高倉健にあいたい」を放送した。あの番組を観ていて、なんだか、まだ名優御本人が生きているかのような不思議な親近感があった。
 学生時代には「日本侠客伝」や「網走番外地」シリーズ等に親しんだものである。義理と人情を秤(はかり)に掛けりゃ、義理が重たい男の世界、というような世界を演じた高倉健は、たいへん格好良かった。先日も、BS7で「新・網走番外地」を久しぶりに観た。ただ、こうした傾向のものはこの人の仕事の中で一部分に過ぎないだろう。「幸福の黄色いハンカチ」「遙かなる山の呼び声」「八甲田山」「南極物語」「居酒屋兆治」「鉄道員(ぽっぽや)」「あなたへ」等々、実に味わい深い出演作がいくつもあって、決して格好良さだけでない、渋い、落ち着いた台詞(せりふ)の言い回しや立ち居振る舞いに、いつも魅了される。単に演技力だけではああいうような語り方や立ち居振る舞いはできぬだろう、と思う。
 そして、最近、谷充代著『高倉健の図書係 名優をつくった12冊』という本を読んで、優れた俳優がたいへんな読書家であったことを知らされた。
 この本の著者は、高倉健に付き添っていたスタッフの中の一人だそうだ。
 平成8年(1996)のクリスマスにアメリカのロサンゼルスで行われたテレビCM撮影の際には、「高倉組として同行するのは片手で間に合う人数」だった由である。付き添ったスタッフは、メイク、スタイリスト、世話役(付き人)、そして、著者。では、著者はどのような役割を受け持っていたか。「見たところ、仕事らしい仕事をしていないのが私」と控えめに述懐するのだが、「人知れずの仕事はあった」わけである。それは何かといえば、「ホテルに本があると落ち着くんだよ。街の本屋を見てきて欲しい」と「健さん」から頼まれると、多忙な御本人に代わって出かけて行き、お目当ての本を買ってきてあげる、それが著者の「仕事」だったのだそうだ。
 とにかく、高倉健は「好きな本を読んで、ぐっと来るものがあれば、その旅は最高だよ」と語っていたほどで、忙しい俳優生活を送りながらそのようにも熱心に読書する人だったわけだ。著者としても、ちゃんと対応してやらねばならなかったのである。

 山本周五郎『樅ノ木は残った』『ちゃん』
 檀一雄『火宅の人』
 山口瞳『なんじゃもんじゃ』
 三浦綾子『塩狩峠』『母』
 五木寛之『青春の門 第一部筑豊篇』
森繁久彌『あの日あの夜 森繁久彌交遊録』
池波正太郎『男のリズム』
 白洲正子『夕顔』『かくれ里』
 長尾三郎『生き仏になった落ちこぼれ 酒 井雄哉大阿闍梨の二千日回峰行』

 「名優をつくった12冊」というのは、目次順に辿れば右のとおりである。いや、なるほどな、と頷けるのではないだろうか。
 山本周五郎の書いた時代小説『樅ノ木は残った』『ちゃん』には、武士の心の葛藤とか庶民の哀愁やらが味わい深く描かれているが、なにしろ高倉健の家の本棚には「ボロボロになるまで読み込んだ山本作品があった」のだそうだ。本人の弁によれば、「迷っていた自分が、周五郎さんの言葉に励まされ、勇気を貰っていた」とのことである。うむ、そうなのか、と深く頷きたくなる。
 これが檀一雄になるとまたひと味違っており、どう言ったら良いか、そう、最後の「無頼派」。つまり、男が最も男臭く熱く生きた、その標本みたいな作品が『火宅の人』だし、檀一雄本人であったろうと思う。この作家みたいな生き方をする人は、以後まったく出てこない。
 それから、五木寛之の『青春の門 第一部筑豊篇』には高倉健にとって他人事でない風俗や人間ドラマが描かれているのではないだろうか。それというのも、小説の舞台が筑豊の炭田地帯だからである。高倉健も福岡県中間市の出身だ。自らが生まれ育った筑豊地域での人間ドラマを、きっと自分自身の自己形成の過程と重ね合わせながら読み込んだことがあったはず。  
 森繁久彌であるが、この名優と高倉健とを並べてみると、類似点などないようなほどに俳優としてのカラーは異なっているだろう。しかし、映画人としての志の高さという点では、まず一番に栄養分を摂取したい存在だったかと思われる。高倉健は、著者に「多くの俳優を見てきたけど、シゲさん(森繁久彌)は別格。人間力というのかな、芝居を見せられている感じがしない。まるごと命って感じるよ。理想? いや、憧れかな」と語ったことがあるそうだ。ずいぶんと尊敬していたのである。しかも、森繁久弥はエッセイもたいへん面白かった。だから、『あの日あの夜 森繁久彌交遊録』はきっと読み応えがあったはずだ。
 そして、三浦綾子だが、この作家については、高倉健は「人間って弱いからね。なかなか立ち直れないこともあるよ」「三浦文学にもいろいろな人間が出てきて、喘(あえ)ぎながらも乗り越えていく。それが綾子さんの終生のテーマだったと思う」と著者に言っていたそうだ。これはやはり、「ボロボロになるまで読み込」んだ者でなければ語れない、実感のこもった読後感ではないだろうか。わたしなど、ずいぶんと色んな本を読んできたが、「ボロボロになるまで」愛読した経験はない。いや、なんとも恥ずかしい限りである。
 そして、山口瞳『なんじゃもんじゃ』、池波正太郎『男のリズム』、白洲正子『夕顔』『かくれ里』、長尾三郎『生き仏になった落ちこぼれ 酒井雄哉大阿闍梨の二千日回峰行』、こうした作品などもそれぞれに高倉健がたいへん愛好した本だそうで、わたしもそのうち読んでみたいものだな、と思う。
 この12冊の他にも、例えば、藤沢周平。この作家の時代小説「蝉しぐれ」は、海坂藩(うなさかはん)の少年藩士・文四郎の恋心を軸にして藩の権力争いやら殿様の側室とお世継ぎとの問題やらが絡まる小説であるが、高倉健はこれを読んで、「何が美しいかということ、金ではない、力でもない、まして物でもない。人が人を想う、これ以上に美しいものはない」と感想を打ち明けたという。なんだか、単なる一作品への読後感でなく、名優自身の人生観が表明されたのと同等に扱いたくなるではないか。
 高倉健は、「生きていると、声も出ないほど打ちのめされることがある。僕もつらいことがあって、比叡山の滝に打たれに行ったことがあった」と著者に語ったことがあるそうだ。いやはや、やはり、並の人間ではないし、単なる熱心な読書家ではなかった。こうした葛藤やら精進やらが重なった末に、スクリーンの中での味わい深い独特の風貌と演技とがあったのか、と察せられる。
 本書には、「願わない離婚の果てに四十五歳で亡くなった妻の江利チエミさんの命日には、早朝、花とウイスキーを携えて墓前に向かった」との逸話も明かされている。胸にジーンとくる話ではないか。実に真摯な生き方をした俳優なのだ。
 なんだか、高倉健出演の映画を観るのがますます愉しみになった。

2025・2