前山 光則
5月26日、ひょんなことがあった。
その日はある文芸関係の催しに参加するため、福岡県八女(やめ)市へ出かけた。各駅停車の電車で2時間余り揺られて、JR羽犬塚(はいぬづか)駅で下りる。そこからはバスに乗り、八女市の中心部まで20分ほどだったろうか。伝統的建造物群保存地区の中の旧木下家「堺屋」の離れ座敷が会場であった。さて、堺屋に着いたものの、まだ午前11時だった。催しが始まるのは午後1時だから、時間はたっぷりある。近所を散歩できるし、昼飯の場所も探そうと歩きかけたら、堺屋の3軒隣りの商家に1枚のポスターが貼られていて、「山本幸一陶展atビワニジ」とある。熊本市在住の陶芸家・山本幸一氏は、若い頃から親しくしている友人だ。福岡県の方でも作品展をするのだなあ。さらによく見たら、会期が5月19日(土)から27(日)までとのこと。ほう、それならそのビワニジというところへ行けば観ることができるわけだ。
でも、なんでこの家にポスターが貼られているのかな。もしかして、と、ガラス戸越しに中を覗いてみると、目の前に茶碗や皿、さらには陶オブジェが見えた。エッ、ここ、ひょっとして、展示会場か。戸を開けて「こんにちは」と声をかけてみたが、返事がない。だーれもいない陶器展って、変だぞ。首をかしげていたら、後ろに人の気配。身構えて振り返ると、山本氏本人だ。彼もビックリして「おお!」と声を発した。なんということだ、よその県へふらりと来て、まさかバッタリ出くわすとは。おたがい二度三度、「どうして!」「なんで?」と声を上げた後、大笑いした。いやはや、こういうハプニングが起こると、すごく新鮮な気持ちになれる。やがて、奥から会場の「ビワニジ」の奥様も出ていらっしゃったのだった。あらためて展示全体を眺めわたす。山本氏の陶芸作品は相変わらずセンスがいいし意欲的だなあ、と感心する。
一緒に近くのうどん屋へ昼飯を食いに行った。2人揃ってゴボウ天うどんと稲荷寿司を食ったが、「このうどん、当たりだよ」「うん、稲荷寿司も」、言うことはおたがい同じで、全く、うまくてどうしようもなかった。
はしゃいだからといって、本来の用件はおろそかにしなかった。その後ちゃんと午後からの催しに参加し、そして、夜は各駅停車で帰った。電車の中で読んだ文庫本の『斎藤茂吉歌集』に、こんな歌が載っていた。
かの山をひとりさびしく越えゆかむ願(ねがひ)をもちてわれ老いむとす
孤独に山越えするような覚悟のもとに年老いたい、と願った茂吉。味わい深い歌だ。もっとも、今の自分には縁遠い気がする。生きていると、なにかと愉しいことがあるもんなあ……、そんなことを言いたい気分だった。