前山 光則
先月末には、友人2人と共に宮崎県日南市へ泊まりがけで遊びに行った。日南病院に井山忠行氏の大壁画を観に出かけたのが一昨年の5月だったから、2年半ぶりである。日南は好きな町だ。地元の人の案内で鵜戸神宮や飫肥城、油津の町や港界隈、大堂津の古沢醸造、榎原(よわら)神宮、そしてあちこちで浜に下りてみたり崖上から太平洋を眺め渡したりして、心洗われる1泊2日となった。
さて、油津では堀川運河が風情があって、散策せずにはいられない。その運河沿いのレストランの敷地内に「風天」の句碑が建てられている。これには同行した友人も喜んだ。きれいな横長方形の石に「背のびして/大声あげて/虹を/呼ぶ」と句が刻まれ、その下に「I stretch my arms out and sing to the rainbow」、このように英訳も付けてある。英訳者はオーストラリアのエリザベスという人なのだそうである。碑の造りといい英訳を入れることといい、とてもしゃれた意匠の句碑である。「風天」は平成8年に亡くなった俳優・渥美清の俳号であるが、日南市では平成4年に「男はつらいよ」シリーズ第45作目「寅次郎の青春」の撮影が行われているから、縁(ゆかり)のある町なのだ。
帰宅してから森英介・著『風天・渥美清のうた』を開いてみた。この本によると、俳人「風天」は友人たちの句会に出席すると部屋の壁に向かって静かに句を練り、書いて提出する。句会が終わればスーッと帰っていたそうだ。フーテンの寅のイメージからすれば意外な感じだが、しかし喜劇役者の実像は案外そういうものなのかも知れない。「小春日や柴又までの渡し舟」「うつり香のひみつ知ってる春の闇」「お遍路が一列に行く虹の中」等々、『風天・渥美清のうた』に出て来る風天句はなかなかの味わいである。「さくら幸せにナッテオクレヨ寅次郎」「ひぐらしは坊さんの生れかわりか」「赤とんぼじっとしたまま明日どうする」、こんなふうに破調や自由律のものもあるから、形式にとらわれず自分流、伸び伸びと句作していたのだったろう。それと、句碑裏の説明文には「背伸びして……」は平成6年に最後の句会で詠んだものだとあったが、この本によれば句会に出たのはそれが最後でなく、以後も若い人たちの集う「たまご句会」に出席し、「蜜柑食う行者のひげの白さかな」」「ただひとり風の音聞く大晦日」等の句を出詠していたそうである。
二、三日後、日南での写真を見直したら新発見があった。碑の上下にポチポチと黒い斑点のようなものが並ぶのは、これはつまりフィルムに見立ててあるわけで、なんとまあ映画俳優の句碑としてピッタリではないか。現場では見落としていた。でも、ま、これからは映画にフィルムが使われていたなどとはつゆ知らぬ人たちが増えていくのだろうなあ。