前山 光則
毎月1回、20人ほどのご婦人たちを相手に読書会の講師を務めている。皆さんわたしより年上で、70歳代が中心だが、とても元気な方たちである。現在テキストに使っているのは夏目漱石の「坊つちゃん」で、面白おかしい場面が続出するので愉しんで読める。
先月の例会では、主人公が学校の寄宿舎に当直で泊まった夜、寝に就こうとすると蒲団の中からバッタがたくさん跳び出てきてパニック状態になるという場面を読んだ。これを仕掛けた寄宿生たちと主人公との間でバトルが展開するのだが、その中で飛び交うのが「バッタたこれだ、大きなずう体をして、バッタを知らないた、何の事だ」「そりゃ、イナゴぞな、もし」「篦棒め、イナゴもバッタも同じもんだ」、こういう問答である。このバッタとイナゴ、両者はどこがどう違うのか、あるいは同じものなのか、事前に調べたものの実はよく分からなかった。「バッタ」はものの本やインターネットで見るとバッタ科に属する昆虫の総称で、イナゴやトノサマバッタなども含まれる、とあったり、地域によってバッタとイナゴは峻別されるとも出ていたりして、頭が混乱してしまう。で、例会ではそれを正直に皆さんに伝えて「違いがよく理解できなかったですよ」と言ったら、それまで眠たげな目をしていた皆さんたちがにわかに活きいきした顔つきになって「バッタの方が大きかですよ」「そう、イナゴは小さい」「バッタは匂いが悪かですもん」「そうそう、イナゴの匂いの方が良かよね」、次々に声があがった。目が一番輝いていたのがAさんで、「イナゴは匂いが良いから、佃煮にして食べておいしかけど、バッタを食用にする人なんていませんから」と自信満々の言い方である。
そのくせAさんは、他の人たちがまだバッタとイナゴについて談義しているというのに、さっさと座を立って姿を消したのだった。不審に思いながらも読書会を続けるしかなかったのだが、すると十分ほどしてAさんが息を切らして戻ってきた。タッパー二箱を掲げて「ほら、これが佃煮」、そして蓋を開けてみせると、なんということ、中には飴色したイナゴがギッシリであった!その場にどよめきが起こった。Aさんが言うには、御主人が長野県の出身だそうで、あちらではイナゴは盛んに食用にされる。「だから我が家には、いつも主人の実家から送ってくれます」とのこと。Aさんは御自宅が近いので、わざわざ家へ走って行って実物を持ってきてくれたのだった。みんなで賞味させてもらったのは言うまでもない。甘辛くて、食感がよくて、まるで小エビを食している気分だ。あたたかい御飯に載せていただきたくなった。いや、酒の肴にも向いている。確か若山牧水もこのイナゴの佃煮を好んでいたのだったなあ。
そんなわけで、先月の例会はご婦人たちから教えられっぱなしであった。感謝、感謝!