第302回 かかあ天下とうどん

前山 光則

 北海道を旅したのは5月30日までであった。以後は、6月8日まで神奈川県相模原市の親戚宅に厄介になってあちこち動いた。
 6月1日、曇り。1人で群馬県桐生市へ出かけた。現地へ午前11時過ぎに着いて、JR両毛線桐生駅の構内では観光協会が電動アシスト自転車を無料で貸してくれるので、それを使って市の中心部へ入って行く。駅にいた人から昼食をとるなら本町四丁目の「桃太郎」という店が良い、と教えられたので、探してみたところ、目立たない構えの店だった。うどんを注文したら、熱いのとつけ麺とどちらが良いかと問われ、つけ麺にしてみる。すると、やがて出て来たうどんは幅が2センチほどもあろう。桐生名物「ひもかわうどん」、これをぜひ食べたかったのであった。麺に地場産の小麦粉を使ってあってとてもおいしいし、口に入れた時のペロペロとした舌触りが独特だ。しかもコシが強い。つけ汁は大ぶりに刻んだネギの入ったやや甘めのスープで、麺によく絡む。もう一杯、かけうどんを頼んだら、今度はさっきの半分ほどの幅の麺で、変化があって面白いなあ、と感心した。
 それからは桐生市内を観てまわった。うどん店の数が多いのには感心する。市の人口は11万余だそうだが、桐生麺類商組合発行の「桐生うどんまっぷ」によれば、うどんを食べさせる店が42軒もあるとのことだ。だが、もっと存在するらしいことは巡ってみてやがて判明してきた。また、鰻屋さんもあちこちで見受けた。市内を渡良瀬川やその支流の桐生川が貫流し、この川はまた下流で利根川に合流する。そうしたことと関係するのだろうか。いや、それ以前に桐生市は「絹の国」である。昔から絹産業が盛んで、だから織物工場が多かった町だそうだ。そうした歴史を伝える桐生織物会館を見学したり、桐生新町伝統建造物群保存地区を歩いたり、古い建物を利用したカフェに入って店の人に土地の話を聞いたりもした。桐生は、「風博士」や「白痴」「堕落論」などで知られる作家・坂口安吾が晩年の3年間を過ごした町でもある。安吾は桐生のどんな点が気に入ったのだったろう、と、コーヒー啜りながら考えたりした。
 後で、駅の売店にいる妙齢の女性Aさんが桐生について色々とレクチャーしてくれたのだが、桐生に限らず関東平野の北部一帯は小麦地帯で、うどん麺を作るには恵まれているのだそうだ。それと、「やはり、一番にはかかあ天下が関係しています」とAさんは言う。桐生あたりは絹産業が経済を支えていた。労働の主力となったのは女性で、養蚕をするのも糸を紡ぐのも女性である。たいへん忙しく働くのでかかあ天下になるし、さらに食事を作るのも女性だが、なかなかゆっくりした時間がとれない。「だから、手軽に食事するにはうどんが最適なのですよ」というわけだ。
「元来、大鍋で味噌仕立ての汁を作り、そこへうどんを入れて煮込むのが主流でしたね。つけ麺は近年になって見られるのですが」
 Aさんの説明に、幾度も肯いたのであった。
 うどんは、その日の夕食時にも宿の近くの店で食べた。「桐生うどんまっぷ」には載っていない店であった。そして、ここのはハンケチほどの広さがある麺なので、箸で摘まんだり口に入れたりするのが大変であった。
 桐生市に1泊して、翌日は館林市へ移動し、駅前のうどん屋で昼飯に館林うどんを食べた。何年ぶりだったろうか、相変わらずおいしかった。親戚の家へ戻ってからは、買って帰った乾麺をゆがいてみんなで味わった。うどんばかり食した2日間であった。
 
 
 
①上毛電鉄の車内風景

▲上毛電鉄の車内風景。東武鉄道系の私鉄で、正式名称は「上毛電気鉄道株式会社」。中央前橋駅と西桐生駅を結ぶ25.4㎞、駅数23。自転車で乗り込んでのいわゆる「輪行」ができる、こののどかさは捨てがたい味があるので好きな路線だ。だから今回も、行きがけの6月1日と翌日の館林に移動するときの2回、この鉄道を利用した

 
 
②ひもかわうどん(つけ麺)

▲ひもかわうどん(つけ麺)。桐生市の「桃太郎」でまず食べたのがこのうどん。ひもかわがおいしかったのは言うまでもないが、つけ汁の味もなかなか良かった

 
 
③ひもかわうどん(かけうどん)

▲ひもかわうどん(かけうどん)。桃太郎での2杯目のうどん。かけで食べると、出し汁そのものの味がよく分かると思う。ここのは半端でなくうまい。駅にいた人が奨めてくれただけのことはあるなあ、と思った

 
 
④ひもかわうどん(超幅広)

▲ひもかわうどん(超幅広)。夜、宿の近くのうどん店で食べたのだが、この幅広さを見よ! うどんだけでは炭水化物過剰となるので、おかずに野菜やエビをつかった天ぷら1皿を注文したのだった

 
 
⑤館林市で食べたうどん

▲館林市で食べたうどん。その日は暑かったので、ザルうどんを食べた。おかずには天ぷらをつけてもらった。シソの葉と、もう1つはナマズである。このあたりではナマズは結構食されるらしく、アッサリして気持ちいい味わいである