第406回 声を出して読む、ということ

前山光則

 文章を読むのは、眼で辿るだけでなく、声を出して「読む」、つまり朗読という方法もある――これは当たり前のことだ。しかし、その当たり前の朗読について、今まであまり意識したことがなかったなあ、と思う。どうしてこうした初歩的なことを改めて考えたかと言えば、最近、自分の書いたものを専門家たちが朗読して下さったからである。
 今年の春先、人吉市在住の元テレビTKU(テレビ熊本)アナウンサー本多絹子さんから、連絡があった。9年前に弦書房から出版された麦島勝写真集『昭和の貌《あの頃を撮る》』、あの本にはわたしが各章ごとに解説を兼ねたエッセイを書いているのだが、あれを使って朗読会を開きたい、との申し出であった。本多さんはこれまで夏目漱石や小泉八雲等の作品を使っての朗読会をやってこられたそうだ。球磨村出身で、人吉高校では1学年先輩であった童話作家・今村葦子さんの『ふたつの家のちえ子』をテキストにして本多さんたちによる朗読会が行われたことがあるのは、わたしなども耳にしていた。ただ、朗読ということに関してさほど興味・関心がなかったものだから、今までボンヤリと過ごしてきたのであった。
 まさかわたしの書いたものが朗読の対象になるなどとは、たいへん意外なことであり、実に光栄であった。
 その後何度か会って打ち合わせを重ねて、本多さんを中心とする朗読サークル声音会(ことねかい)主催の朗読会「『昭和の貌』を聴く」は、8月7日(日曜)、八代駅前の喫茶店ミックを会場に借りて行われることとなった。そうしたら、今度はミックさんの方がまた大変協力的で、『昭和の貌《あの頃を撮る》』掲載のエッセイを朗読するのであれば、その元になった故・麦島勝さんの写真を店内に飾れば良い、と言ってくださった。折しも、ミックは今年開店55周年である。麦島さんの写真作品を収蔵・管理する八代市立博物館の許可を得た上で、開店55周年記念企画の一つとして「『昭和の貌』を読む―『昭和の貌』(弦書房刊)写文展―」が7月28日(木曜)から8月16日(火曜)までの3週間催して下さることとなった。しかも、会期中の8月4日(木曜)はミックの開店記念日である。その日は、1時間ごとにお客様にクジを引いてもらい、当たった人には商品として『昭和の貌』他の景品がプレゼントされたのだった。麦島さんの写真の中から7点ほど選び出しての絵葉書も作成されて、これは誰でも希望すれば貰えるという、たいへん賑やかなこととなった。
 ついでに言えば、『昭和の貌《あの頃を撮る》』は弦書房の方で在庫が底をついて、増刷準備中であった。それがまたちょうど会期までに間に合い、店の中で希望者に販売できたから良かった。
 そして、8月7日、本番であった。午後3時開会、聴衆は50名定員、事前に申し込みをしてもらっての開催だったが、実際には60名を超えていた。当日になって、わざわざ来てくださったけれども満杯状態になっていたため帰ってもらう方もおられたようで、申しわけないことであった。ほんだことね(本多絹子)さん他、小川真人・川邊敬子・香山真理子・前田美紀・宮脇利充といった朗読の専門家たちが出演。わたしのエッセイのところどころには流行歌や唱歌が引用してあるが、これには音楽家の村井智子さんが演奏したり歌ったりしてくださった。いや、皆さんアナウンサーであり、声が良くて、発音が正しくて、聴いていて自分の文章ではないみたいな清澄な気持ちになることができる。これに音楽まで加わり、盛り上がった。わたしも巻末のあとがき「昭和は遠くなってしまったが」を読まされたが、実に下手。でもそれは最初から分かっていることなので、焦らず、ゆっくり、読み間違えのないようにすることだけを心がけた。そして、会の終わり方には版元の弦書房・小野静男さんが『昭和の貌《あの頃を撮る》』出版に際してのいきさつ等を語ってくれて、ありがたいことであった。午後5時過ぎ頃、会は終了した。
 朗読会を企画して下さった本多絹子さんはじめ声音会の方々、演奏された村井さん、音響関係をフォローして下さった方たち、ミックの方たち、聴きに来て下さった皆さん方等々に、心から感謝!
 『昭和の貌《あの頃を撮る》』に収載の麦島さんの写真は、主として昭和30年代の八代や熊本・天草・球磨人吉等の風景・人物が捉えられており、まだ日本全体が貧しかったものの、いわゆる経済の高度成長時期で、不思議と活気があった時代。あの当時ならではの雰囲気が甦ってくるのであった。本多さんがこの度の朗読会で目指したことは、『昭和の貌』に載っているわたしの解説風エッセイを通して日本の昭和30年代がどういう時代であったか捉え直してみたい、ということだったようだ。その目論見は充分果たされたのではないだろうか。
 そして、さらにわたし自身は、朗読って大事なことなのだな、と気づかされたわけである。活字を目で追うだけでは「読む」ということにはならぬ。文章を声に出して辿る時、ずらりと並ぶことばたちは生きた姿をさらしてくれるし、響きを伝えてくれる。
 思えば、4年前に亡くなった石牟礼道子さんは、仕事場に訪ねて行くとしばしば御自分の書いたものを「ちょっと声を出して読んでくれませんか」と言って朗読させていた。何の気もなしに朗読させてもらっていたものだが、あれはやはり御自分の文章を目で追うだけでなく、声に載せてみることで言葉の連なり具合や響きやらを確かめたり、捉え直したりしておられたのだろうな、と、今にして石牟礼さんの意図を推察してみたくなる。
 声を出して読む、ということは大切な作業なのだなあ。「『昭和の貌』を聴く」は、そのことをしみじみと確認させてくれる催しであり、自分にとって得がたい経験となった。
 
 
 

▲稲田 まだ8月だが、早蒔きしてあった田の稲は、もう早や色づきはじめている。季節がどんどん移ろっているのだな、と感心する。