前山 光則
5月下旬から六月上旬にかけてのこと、朝の散歩中に二度、カラスが襲ってきた。
二度とも近所の中学校の正門前の路上であった。一度目は頭へぶつかってきて、わたしの野球帽子をはね飛ばして去って行った。もう、小石でもあればぶつけてやりたかったものの、きれいに舗装された道でそういうものはない。その代わりカラスへ向かって怒鳴りたかったが、これまたまわりの家々に迷惑がかかるから我慢するほかなかった。二度目は、その場所へさしかかったので用心して帽子を脱ぎ、左手に持って歩いた。でもやっぱり後頭部にぶち当たってきた。無論、逃げ足も速くて、アッという間に電柱のてっぺんへ止まり、後は知らんふりしている。ムカムカした。
カラスはわたしの帽子を欲しがっているのだろうか。あるいは、自分がぼんやりして歩くので、からかったつもりだろうか。これからは用心して歩いて、あっちが飛んできた途端にひっ掴まえてこらしめやる、と、そんな気持ちでいたのだが、6月の10日、川べりを散歩していて近所の顔なじみの御隠居に出会った。それでしばらく一緒に歩きながら世間話などに興じているうち、「このあたりはカラスが多いですなあ」と御隠居がおっしゃる。実にそうで、川べりから中学校あたりへかけてあちこちでカラスを見かけるし、時折りは鳴いている。それで、こないだからのことを喋ってみたところ、御隠居によれば「ああ、中学校の正門前からちょっと離れた辺り。あれはねえ、あのあたりにカラスが巣を作っておる」のだそうである。巣を作り、当然、卵をあたためているので、そこへ外敵が近づくと非常に神経質になって苛立つ。「はじめ、やたらとガアガア騒ぎだしたでしょうが」と御隠居。言われてみて、ウーム、どうだったかな。記憶が定かでないのだが、「鳴き立てて敵が去らぬ場合、追っ払うため攻撃するわけですたい。いや、この時期だけだが」、言われてみて、襲われたのが二度とも同じ場所であった、それは間違いない。はたして、語り合いながら二人で例の場所へ差しかかったら、電信柱のとっぺんで「ガアガア、ガアガア」とうるさく騒ぎ出した。もっとも、こちらが二人いたためか攻撃してはこなかった。
家に帰ってから、日本野鳥の会発行の『フィールドガイド・日本の野鳥』という本を見てみた。カラスがいつ頃に巣作りをするかとか、卵をあたためている頃に親鳥がどう行動するかとか、この本だけでは分からなかった。ただ、散歩コースで出会うカラスたちは一様に声が「ガアガア」と濁っているが、この本によればハシボソガラスだそうだ。時折り澄んだ声のもいて、それはハシブトガラス。
なんにしても、あそこのカラスはわたしが巣の近くを歩くからムカムカしていたのだったろう。巣と卵とを護るべく、やっきになっていたのか。なんだか悪いことしたなあ。