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第104回 穀象虫を見ながら
前山 光則
今、あちこちの田に早苗が並び、雨に打たれている。梅雨も長引くとウンザリするが、でも水害を起こさない限りは恵みの雨である。秋にはきっと良い米ができることだろう。
米といえば、わが家はあまり店から買わなくて済む。農業をしている親戚からなにかにつけて貰うことが多いのである。白米をくれることもあり、籾(もみ)のままの時もある。この方が実は好都合で、時折り適当な量を近所の無人コイン精米所に持って行って白米にする。都会ではどうか知らぬが、田舎にはこういうものが道端にあるのだ。そうすると、古米であってもまるで新米のような新鮮さが味わえる。ただ、その米の中に時折り虫が棲み着く。黒くて小さな、確か「穀象虫」という。米粒の間からチラリと姿を見せて、じきにまた潜り込むので、さあそうなれば百年来の敵と遭遇したかのように米を掻き分け掴まえて、必要以上に力をこめてプチッと潰す。米を研(と)ぐとき現れることもあって、これは水に溺れているから捕らえるのはたやすい。だが、そのように用心していても炊きあがった飯に黒く混じっている場合がある。見落としていたわけだから、やたら口惜しい。
だが、横井美保子著『鎮魂の旅路』という本を読んで、反省させられた。この人は故・横井庄一氏の妻である。横井氏は第二次大戦中に南方戦線に従軍し、終戦後もグアム島でひそみつづけた末、昭和47年1月に発見されて生還を果たした。そして、同年11月、結婚する。平成9年、82歳で世を去った。この一冊には、その横井氏が折り折りに語ったグアム島での体験や思い、それを聞きながら妻としてどう夫に向き合ったかがまとめられている。孤絶された状況で生き延びた人の知恵が本の中の随所ににじみ出ていた。
横井氏が島のジャングルにひそみ続ける中で自身に課した八戒、そのうちのひとつに生水を飲む場合は「水の中に生き物がいる水を選んで飲む」ようにしていたという。確かに、生き物のいない水は毒性があるものと見なしていい。それから、「虫とか動物が食べた痕のある植物を採って食べる」ようにしていた。これもまた、毒がなくて安全だからこそ動物もその植物を食するのである。だから木の葉でも必ず注意深く観察したそうである。
わたしも、実は、野菜を買うときに虫食いがあればホッとする。農薬が使ってないか、使ってあっても少なかったろうからである。そして、考えれば、米の中に穀象虫がうごめいていても事情は同じであろう。実際のところ、親戚は、どうしてもある程度は農薬を使用しているはずである。ただ、その使い方をずいぶん用心しているだろうから安全で、虫も棲む。だから穀象虫を憎々しげに扱ってきたのは、かわいそうであった。もっとも、米に混じったままでは都合が悪いので、これまで通り取り除くしかないのではあるが……。
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