第42回 東京ぶらりぶらり

前山 光則

 都会はくたびれるところだ、と思う。あんまり人が多すぎて「人酔い」するし、皆さんそそくさ歩くからこちらまで気が急(せ)いてしまう。でも、この2月末から10日間ほど東京へ行って来て、そうでもない界隈(かいわい)も少しはあるもんだと知った。
 東京へ着いた翌日、女房と一緒に巣鴨地蔵通り商店街を歩いてみたのだ。JR巣鴨駅を出て目の前を見渡すだけで渋谷や新宿などとは違う雰囲気がある。端的に言って、中高年者の目立つ一帯だ。並んでいる店は、まず塩大福が名物だそうで何軒も見かけるし、煎餅屋、漬物屋、乾物屋。榠櫨(かりん)の専門店があって「ぜんそく・せき・タン切り・かぜ」と榠櫨の効能が書き出されているのは年寄りの購買意欲をひどく刺激する。赤パンツの専門店や創作ちりめんの店、曲げても折れない傘(?)を売る店、荒物屋、漢方薬局、百円ショップ、お茶屋、和服の端(は)切ればかりを売る店、人生相談所その他いろいろ、詳しく見ていると日が暮れてしまうだろう。
 女房が買ったのが、「健康饅頭」と名のついた出来たての蒸(ふ)かし饅頭である。道路の真ん中に据えてあるテーブルに坐ってそれをもぐもぐ食べながら、ここではそそくさと歩を進めなくていいから気が休まるなあ。歩く人たちは気さくにぞろぞろ歩いてキョロキョロするし、仲間連れだとペチャクチャよく喋ってる。若者たちは若者向きの街で遊び、年を食ったわれわれはこういう界隈で楽しむ、そういう「棲(す)み分け」があるのが健康的だよな、という思いが湧くのだった。
 観光案内を見てみると近くには染井霊園や雑司ヶ谷霊園があって、二葉亭四迷、芥川龍之介、谷崎潤一郎、夏目漱石、永井荷風、小泉八雲、泉鏡花等の文学者や遠山金四郎、田沼意次、中浜ジョン万次郎等の歴史上知られた人たちが眠っているそうだが、そちらには足を伸ばさず、商店街を抜けてから都電荒川線に乗ってみた。これがまたのんびりゆっくり行くので、俳句の世界でいう「蛙の目借時(めかりどき)」、ついうとうとしてしまう。
 だが「鬼子母神前」という停車場に来てハッと目が覚めた。そして下車してみたのだが、ここらは戦災に遭わなかったそうで、懐かしい雰囲気がただよう。なんでも、「恐れ入谷(いりや)の鬼子母神」で知られる上野入谷の鬼子母神に対して約100年早い天正6年(1578)の創建なのだという。「鬼」の字は上の角(つの)がわざと落としてあり、これは鬼子母神が菩薩のような美しい姿であるからだそうだ。境内には元禄時代から続くという駄菓子の店もあった。
 散策を終えて宿へ帰りながら、今日はぐったりせずに済んだなあと気づいたのである。なんというか、こう、大都会の中にひと味違った時間が流れている。申し遅れたが、とげぬき地蔵尊と鬼子母神、どちらも殊勝に手を合わせてきた。

▲巣鴨名物・塩大福の店。人気のある店には行列ができる。若い者も時折り遠慮がちに紛れ込んで来る

▲赤パンツ専門店。見よ、この赤ずくめ! この手の店に入るのは中高年者ばかりで、さすがに若者は紛れ込まないようだ

▲鬼子母神参道にて。ほら、「鬼」なのに角がない