前山 光則
先月出たわたしの『若山牧水への旅』(弦書房)について色々の人から読後感が届いたが、その中に「牧水には秋が似合いますね」という便りがあった。ふむ、そういえば、
かたはらに秋ぐさの花かたるらくほろびしものはなつかしきかな
白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれ
この秀歌二首、牧水がまだ二十五歳のとき恋愛に疲れ果てて長野県の小諸に滞在していた折りの作で、季節はまさしく秋なのだなあ。
それで、家にいて窓から秋風を入れながら、コーヒーを啜りすすり文庫本の『若山牧水歌集』をめくる。すると、大正11年の秋に牧水が軽井沢から草津を抜けて片品川の谷筋へ出て日光まで旅したときの歌が、目に飛び込んできた。「おもはぬに村ありて名のやさしかる小雨の里といふにぞありける」「学校にもの読める声のなつかしさ身にしみとほる山里すぎて」「先生の一途なるさまも涙なれ家十ばかりなる村の学校に」「先生の頭の禿もたふとけれ此処に死なむと教ふるならめ」、これらは紀行文「みなかみ紀行」にも登場するので、具体的な事実関係が確認できる。それによると、4首とも10月19日、ちょうど今頃の時季に詠まれている。その日の牧水は草津を発して雑木林や九十九折りの坂を歩いて小雨村へ入り、村の名に感じ入ったり、村の学校の授業の様子に「なつかしさ」を覚える。さらに生須(なます)村を抜けて家が10軒ほどしかない引沼村に至るが、そこでは頭の禿げた老先生が20人ほどの生徒たち相手に体操を教えている場面に遭遇し、尊敬の念を抱く。群馬県の山奥を歩きながら、牧水は、目立たぬところで地道に生きる人たちの姿を前にし、どうしても立ち止まらざるを得なかったのである。この日、紀行文に記された歌は全部で33首。「みなかみ紀行」は旅の様子も面白ければ詠まれた歌も味わい深いものが次々に出てくるが、中でもこの10月19日は最も充実していると言えよう。
19日に泊まった花敷温泉では雪が降った。「朝立ちの足もとに暗し迫り合ふ狭間(はざま)の路にはだら雪積み」「今朝みるや峰峰かけてはだらかに雪ぞ降りたる初雪ならし」と翌朝起きた時に見た初雪の景色を歌にしている。このあたりは6年前に訪ねてみたことがあるから、実に山深いし、平地よりもずっと寒かったよなあと実感できる。牧水は「折からや風吹きたちてはらはらと紅葉は散り来(く)いで湯のなかに」と花敷温泉で湯に浸かったときの様子も歌に遺している。
こうして読んでいるうちに、あのあたりの山々の紅葉の色合いや初雪の風情やそこに住む人々の表情やらが想われて、しんみりとしてくる。牧水には確かに秋が似合うのだろう。