第402回 二日酔いの歌に思う

前山光則

 時折り、短歌の本を本棚から引っ張り出してみる。
 2年近く前から、地元八代市の不知火短歌会が発行する季刊誌「しらぬ火」に「いい歌見つけた」と題して連載をしている。毎号、一人の歌人から自分の印象に強く残っている作品一首を抜き出し、その歌についての自分なりの読み込み方や個人的な思い出話等を気楽に綴らせてもらっているのである。FMやつしろの季刊タウン誌「かじゅめる」にはだいぶん以前から「いい句見つけた」という現代俳句についての評釈を連載しており、言うなればその姉妹編みたいなものだ。と、まあそのような次第であり、たまには現代短歌について勉強をしておかねばならない。
 最近、久しぶりに読んだのが福島泰樹の歌である。本棚から引っ張り出したのは昭和五十四年刊の歌集『遙かなる朋へ』一冊、これは当時「全歌集」との触れ込みで刊行されており、少なくともその時点ではそうだったのであろう。

 機動隊去りたるのちになお握るこの石凍てし路面を叩く
 ここよりは先へゆけないぼくのため左折してゆけ省線電車
 先頭を駆けゆくわれもそしてわが未来も雨脚(あめ)に先取りされつ
 二日酔いの無念極まるぼくのためもっと電車よ まじめに走れ
 鬱鬱と飲んだくれて胃肝臓 誰に捧げん徳利ひとつ
 おれを追うおんなおれが追うおんな愛とは藍に至らぬ青さ
 みぞれ降る 人を想わば朝一合夜五合(ごんごう)の酒を飲むかも
 女とも政治ともはたそれもこれも生き様にして酔うは嬉しき
 じりじりと君を待ちおる夕まぐれ茗荷の花の黄の嘘ばかり
 いまはもう恨む気持ちもなくなりぬ 人生行路――一部変更

 正直なところ、わたしはこの人のファンというわけではなく、いつもは福島泰樹の名は忘れてしまっている。だが、妙なもので、何年かに一度、不意に読みたくなる。これもまた嘘偽りのない気持ちである。だからこの『遙かなる朋へ』、実に久しぶりに通読したのだった。そして、歌人の熱っぽさには改めて圧倒されてしまった。
 読めばすぐにうかがえることであるが、かなり積極的に学生運動に関わったようである。そして、恋愛の歌もある。現在は僧侶としての生活が続いているようだが、とにかくいかにも短歌に心底向いている熱情が迸(ほとばし)っており、正直言えば鬱陶しいくらいだ。ひと頃この人は歌謡の復権を目指すとか標榜して「絶叫コンサート」なるものを立ち上げ、観衆の前で自作を熱っぽくうたいあげるようなこともやって、話題になっていた。どうもこれはひと頃ほどでないにしても今も行われているようなのだが、絶叫というのは息苦しくてやりきれなくなるので、一度も聴きに行ったことがないなあ……と、まあ、そのようなことも思い合わせたりしながら、この『遙かなる朋へ』の中の一首一首を辿ったのであった。
 今回改めて、この歌人の「熱」には嘘がないから味わえるよなあ、と痛感した。 
 さらに、ふと気づいたことがある。たくさん収められた歌のうち、本を閉じた後、「どんな歌があるの?」と誰かから問われた場合、自分はスラスラと答えることができるか、どうか。収録作が、なかなか頭に甦ってこないではないか。福島泰樹の歌は暗唱するには向いていない性質のものなのか、それともこちらの頭が悪くて覚えられないだけの話であるか。しかしながら、4首目の、

 二日酔いの無念極まるぼくのためもっと電車よ まじめに走れ

 この一首だけは、わたしは暗唱している。今に始まったことでなく、実はこの歌は読んですぐにスーッと自分の中に入り込んできた。いつどんな時にでも、福島泰樹のこの二日酔いの歌だけはスラスラと思い出すことができる。 
 なんでだろう?
 かつてわたしもどうしようもない飲んだくれであったから、同じような人種に対して理屈抜きの共感が出て来る、そのため容易に「暗唱」できたのであるか? いやいや、そんな単純なことではなかろう。
 これは、呑み過ぎて二日酔いに苦しむ男の、たいへん無茶苦茶な言い分である。実際、苦しかったろうと思われる。二日酔いで頭がガンガン痛むだろうし、胃の腑はグジャグジャ、吐き気すら伴っていたかも知れない。そのような時に電車に乗れば、電車の揺れ具合というものはものすごく不親切である。発車する時、速度を上げるとき、まっすぐ走る時、カーブする時、速度を落とす時、停車する時等々、それぞれに揺れ方が違うから、二日酔いの体には大変辛い状況がつづく。でも、そのような時に電車に向かって「もっと電車よ まじめに走れ」とわめいてみても、それは身勝手な言い分というものであろう。
 いや、だが、どうだろう。二日酔いの男は、多分、承知しているのである。反省しているのは何より自分自身であり、限度をわきまえず呑んだくれたことへの後悔心は自身を苛んで止まない。身も世もなく悔やんでいる、そうした追い詰められた心境で電車に揺られていたかと思われる。
 すでに触れたように、福島泰樹の歌は政治・思想・恋愛等々が熱っぽく詠まれており、いつもその熱気には圧倒されてしまう。だが、さて、歌人自身が最も正直になる瞬間、それはいつであったろう。わたしには、この二日酔いの歌がそれを教えてくれているような気がしてならない。
 さて、一般には、この人の代表作といえばどのような歌が挙げられるのであろうか? 世の中に福島ファンは結構いるかと思うので、訊ねてみたくなった。そう、だから、「しらぬ火」の連載「いい歌見つけた」にはそのうち必ずこの歌を取り上げてみるつもりだ。
 
 
 

▲青梅 わが家の梅の木だが、いつもは実がほとんどならなかった。今年はどうしたわけかだいぶん見ることができるのである。そろそろ捥いでも良いかしれない。