コラム“晴耕雨読”  565件

第十六回 〝伝説の新聞部〟後日談

三原 浩良 ◆「赤い新聞」は誤報だったのか  昭和28年(1953)秋、「松高新聞」の「夜の米軍基地ルポ」(と仮にそう呼んでおく)の特集記事は、思わぬ波乱を呼ぶことになった。 「赤い学生新聞を公認、県当局松江高校に警告」
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第153回 教室での再会

前山 光則  ひどく暑い毎日である。そんな中、今、ある公的な機関から現役の教師たちに経験談を語ってやってくれと依頼されたので、準備中である。定年退職してから5年、わたしの中では学校という場は遠いはるかな過去の風景となって
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第十五回 自由横溢する高校生活

三原 浩良 ◆すし詰めのマンモス高校へ  昭和28年(1953)4月、県立松江高校の普通科に入学した。旧制中学から学制が改まって七年目の入学、つまり新制七期生というわけ。  それから三年間の高校生活は、時を忘れるほど面白
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第152回 先達はあらまほしきことなり

前山 光則  最近、雑誌「マグナカルタ」3号所載の乳井昌史氏のエッセイ「愛川欽也と巣鴨の〃人情寿司〃」を読んで、意外なことを教わった。   乳井氏は、新聞記者をしていた頃、東京の巣鴨駅前商店街の横丁にある寿司屋の旦那が「
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第151回 「ゆのつるの記」 を読む

前山 光則  石牟礼道子氏の昭和36年発表のエッセイ「ゆのつるの記」を読み返してみた。  水俣市の山間部、湯治場として知られた湯の鶴温泉での話だ。朝、石牟礼氏が谷川の半分を仕切って板囲いしてある共同浴場へ浸かりに行ったら
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第十四回 部落差別のタブー

三原 浩良 ◆「付属に行こう」と誘われた  うっかりするところだった。「あのこと」は書いておかねば、と思いつつ中学卒業直前まできてしまった。  すこしさかのぼる。小学校卒業時の小さな出来事である。  先にも書いたように、
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第150回 お見舞いをしてきた

前山 光則  最近、知人・友人が相次いで癌治療のため入院した。その内の1人、年上のE氏を数日前にお見舞いしてきたが、抗癌剤の副作用にめげず病院食を残さず食べておられるので安心した。ちゃんと食べるのは、即、病いと闘う意欲が
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第十三回 「63制野球ばかりが強くなり」

三原 浩良 ◆ヤスノリの剛速球 「うん、あれが自信になった。あとの人生のな」 還暦記念の小学校の同窓会に出たときのことだ。十五年も前になる。  ぐいぐい杯をあけるミノルが、ふいにまじめな顔にもどってつぶやいた。 「あれ」
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第149回 横参道と湧水

前山 光則  今、江戸時代の旅行家・古川古松軒の『西遊雑記』と橘南谿『西遊記』を開いている。古松軒は、天明3年(1783)、九州地方を旅した折りに肥後の国の阿蘇を訪れているが、阿蘇神社あたりは湿地で、道も社地のまわりも雑
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第十二回 ラジオ少年のヒロシマ慰問

三原 浩良 ◆ラジオ小僧、放送室を占拠?  さてラジオ少年はその後、どうなったか。 「当時は物品税が高価で、メーカー製完成品を購入するよりは真空管などの部品を買い集めて自作したほうが安かったために、受信機を製作する人が多
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