コラム“晴耕雨読”  607件

第176回 「のさり」について

前山 光則  今年になってから手にした本では、石牟礼道子氏の自伝『葭の渚』が断然おもしろい。391ページの大冊だが、一気に読み通した。  熊本県の下天草島で生まれ、程なく水俣へ移り、はじめは町なかで生活した後、やがて海辺
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第三十五回 混迷する市政と議会、裏のウラ

三原 浩良 ◆議場の日本刀騒ぎに仰天  昭和40年(1965)、わたしは熊本市政の担当だった。  ある日の定例市議会の本会議場。いきなり立ちあがった木下富雄議員が大声をあげた。 「Iの子分が日本刀を持ってオレをたたッ斬る
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第三十四回 「自衛隊より怖いものがある」

三原 浩良 ◆「記者の目」は見た!  赴任当初の熊本支局の布陣は重厚だった。デスクはラバウル航空隊経験者、記者も陸軍士官学校出身者ふたりを筆頭に先輩たちはみな四十代、二十代はわたしひとりだった。  それが二、三年のあいだ
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第175回 懐かしい名が次々に

前山 光則  前回触れた後藤是山記念館、帰り際には是山が主宰した俳誌『東火』のバックナンバーを「だいぶん余ってますので」と計6冊も土産に持たせてくださった。これには恐縮した。そして、帰宅後『東火』をパラパラめくっているう
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第三十三回 猛暑に迎えられ熊本へ

三原 浩良 ◆「うち殺すぞ!」にうっ魂がる  わたしは記者生活30余年のうち、ほとんどを九州で過ごしてきた。なかば望んだことだった。熊本で5年、長崎に5年、あとは福岡市や北九州市、それぞれの土地に深い思いがあるが、細かな
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第174回 やっと探し当てた記念館

前山 光則  1月10日のこと、熊本市の県立図書館へ立ち寄った折り、玄関ロビーの隅に置かれた種々のパンフレットの中から「そうだ! 記念館へ行ってみよう!!」というのを見つけた。熊本市内の「夏目漱石内坪井旧居」や「徳富記念
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第三十二回 二度目の入社試験

三原 浩良 ◆「君は革命側か、記者側か」  昭和37年(1962)秋、「もう一度受け直したら」と上司や先輩にすすめられ、ふたたび入社試験を受けることにした。 「地方通信員」から正社員へ。いまの契約社員たちが「正社員」をめ
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第三十一回 石炭と原発、福島・浜通りの一年

三原 浩良 ◆任地は浪江のはずだったが  昭和37年(1962)5月、辞令の勤務地は「浪江」とあったが、福島・浜通りの中心地、平市(現いわき市)を拠点に働くよう指示された。  福島県は宮城、山形、新潟、栃木、茨城と県境を
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第173回 牧水の歌を読みながら

前山 光則  この頃、若山牧水の作品を読んだり関係資料に目を通したりすることが多い。当然いろいろな感想も湧くわけだが、昨夜は有名な「かたはらに秋ぐさの花かたるらくほろびしものはなつかしきかな」という歌にひっかかった。  
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第三十回 駆け出し記者、福島へ

三原 浩良 ◆くるくる変わった初任地  昭和36年(1961)12月、東北本線の福島駅に降りたった。  上野から北に向かう列車に乗るのははじめて、着いたのは夜の八時過ぎだった。駅からの道の両側には除雪された雪がうずたかく
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