第199回 鎌倉ぶらりぶらり

前山 光則

 8月28日、天気が良くなかったけれども鎌倉へ出かけてみた。そして江ノ電に乗った。江ノ電は藤沢駅から鎌倉駅まで10キロほどの路線だが、民家の密集する中を行ったり、大通りを横切る、かとおもうと海辺に出たりして、変化に富んでいる。一番前にいて写真を撮るのが愉しくて、女房から「すっかり鉄ちゃんネ」と冷やかされる始末であった。
 昼飯はわざと小さな串団子4本で済ませて、これは我ながら名案だった。当然ながら、腹に満たない。だがその代わりに町をぶらつきながら焼きたて熱々の煎餅を一枚だけ買って囓ったり、アサリ貝やイナゴ・小エビ等の佃煮を試食する。イカ・タコ・アジ等を一夜干ししたものが小切りしたあと炭火で焼いてある。それを食って良いというので、遠慮なく摘まんでみる。串に刺された焼きたてソーセージが安いので買ってかぶりついた、という按配であれやこれや食べ歩きが愉しめた。
 いや、つまみ食いするため町を巡ったのではない。鎌倉文学館を見学したし、文学館のまわりを散策して甘縄神明宮前に川端康成邸を発見し、ほお、ノーベル賞作家はこの界隈に住んでいたのかと感心した。鶴岡八幡宮に参拝し、すぐ近くの神奈川県立近代美術館鎌倉館でみっちり美術鑑賞も行なった。それと、浄土宗高徳院の阿弥陀如来つまり大仏様は高さが13メートル余、重さは121トンだそうで、ほんとに大きい。しかし、大きさよりも顔の表情が格別だ。今まで色んな観光案内や歴史本で見てきた顔だが、あらためて実物を仰ぎ見ると、眉・目・口、いずれも静かで優しさに満ちあふれている。実にいい顔だ。頭のてっぺんあたりには鳩が何羽も止まって遊び、これがまた平和な風景である。
 大仏様は、はじめは大きな堂宇の中に坐していたそうである。それが、室町時代に地震や津波に襲われて倒壊して以後、雨風にはさらされつづけているのだという。しかし鳩の遊ぶさまを見ていると、これもまた得難い景色ではなかろうか。今日は天気が悪くて雨がぱらつく状態だが、雨の中の大仏様も風情がある。これが晴れ上がったら日が射して、お顔もきらきら輝くのかな、などと思ってみた。意外だったのが大仏様の胎内に入れたことだ。拝観料は、わずかの20円。ありがたく体の中へ潜り込ませてもらった。そして胎内見学の後、大仏様のうしろ姿を仰いでみたら、おお、なんと頼もしくて広い背中。前面から見上げるのよりも魅せられたほどであった。
 ぶらぶら歩きを終えて、鎌倉駅前の喫茶店に入った。コーヒーとアップルパイを注文したが、これがなかなか持って来てくれず、女房がしびれを切らして店の奥へ催促しに行ったほどだった。だがさて、出てきたコーヒーとアップルパイは実においしかった。特に焼きたてホヤホヤのパイは最高で、さすがは鎌倉なのだなあ。急かせてゴメンナサイ!
 
 
 
写真①江ノ電

▲江ノ電。都会の中を走る通勤電車とまるで違って、乗客の顔が明るい。みんなで車窓からの風景を愉しんでいる

写真②大仏様

▲大仏様。このあたりはかつて長谷の「おさらぎ」という地名だったそうで、そういえば「鞍馬天狗」「鼠小僧次郎吉」「パリ燃ゆ」等で知られた作家の故・大佛(おさらぎ)次郎は高徳院の裏手に住んでいたという。大仏様にあやかってのペンネームだったのだろう

写真③大仏様のうしろ姿

▲大仏様のうしろ姿。やや猫背である。しかし、その背の曲線に味わいがあるとは思わないか?

写真④雨の鶴岡八幡宮

▲雨の鶴岡八幡宮。八幡宮の石段を登る頃には、雨となった。秋雨もなかなかいいものだ